南米の大国、アルゼンチンから緊迫した空気が伝わってきました。2019年5月29日、国全体を揺るがす大規模なゼネラル・ストライキ(ゼネスト)が敢行されたのです。公共交通機関は止まり、銀行や商店のシャッターは下ろされたまま。主要な労働組合が主導したこの抗議活動は、中道右派のマクリ政権が進める経済政策に対する、国民の強烈な「NO」の意思表示と言えるでしょう。
この事態に、現地のSNSなどのインターネット上では悲痛な叫びが溢れかえっています。「もう生活費が払えない、限界だ」「マクリ大統領は庶民の生活を壊した」といった政権批判が飛び交う一方で、「ストライキで仕事に行けないのは困る」「国の経済を止めて何になるんだ」という冷ややかな意見も見られ、社会の分断が深刻化している様子がうかがえます。
「開放的経済」の副作用と左派の逆襲
なぜ、これほどの怒りが渦巻いているのでしょうか。マクリ政権は発足以来、それまでの保護主義的な政策を転換し、「開放的な経済政策」を推し進めてきました。これは、海外からの投資を呼び込むために市場の自由度を高めたり、国の財政を立て直すために補助金をカットしたりする改革のことです。しかし、この「荒療治」は急激なインフレや通貨安という副作用を招き、庶民の生活を直撃してしまったのです。
この状況を好機と見たのが、労働組合を支持基盤に持つ左派陣営です。来る10月には大統領選挙が控えています。「現在の不況はマクリ政権の失政が原因だ」と攻勢を強めており、今回のゼネストもその選挙キャンペーンの一環という側面が色濃く反映されています。労働者たちの不満をエネルギーに変え、政権奪還を狙う動きが活発化しているのです。
「痛み」の先にある未来は見えているか
私自身の見解を述べさせていただくと、アルゼンチンは今、非常に難しい岐路に立たされていると感じます。過去のポピュリズム(大衆迎合)的なバラマキ政策が財政破綻の遠因となったことを考えれば、マクリ政権の改革は必要な痛みだったのかもしれません。しかし、その痛みが国民の我慢の限界を超えてしまえば、元も子もありません。
「ゼネスト」とは、特定の企業だけでなく、産業横断的に労働者が一斉に業務を放棄するストライキのことです。これほど大規模な実力行使が行われること自体、対話の回路が詰まっている証拠でしょう。10月の選挙に向け、この国は「苦い薬を飲み続けて改革を進める」のか、それとも「過去の心地よい政策に戻る」のか。南米のパリと呼ばれた美しい国が、再び迷走しないことを祈るばかりです。
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