🌸**【伝統芸能の革新】女性が舞う雅楽「女人舞楽」の真髄と、情熱の継承者たち**

日本で千年以上もの歴史を持つ**舞楽(ぶがく)**は、奈良時代に朝鮮半島や中国大陸から伝わり、平安時代に独自の形で大成された日本の伝統芸能です。**笙(しょう)や篳篥(ひちりき)**といった雅楽器の演奏に合わせて優雅に舞うこの芸能は、皇室の行事や神社の奉納儀式などで演じられる格式高い文化でしょう。しかし、「舞楽は男性が演じるもの」という常識に対し、半世紀以上も前から異を唱え、女性のみでその普及と継承に情熱を注ぐ団体が存在します。それが、原笙子氏によって創設された「原笙会(はらしょうかい)」なのです。

原笙会は、女性だけで舞楽に取り組むという、当時としては極めて革新的な活動を日本で唯一続けている団体です。創設者である原笙子氏は、京都の神官の家に生まれ、幼少期から舞楽に親しみ、後に元宮内庁楽師の豊昇三(ぶんのしょうぞう)氏から本格的な指導を受けました。**「女人舞楽」**という活動は舞楽界から強い抵抗を受けましたが、彼女は、古い歴史を紐解けば平安時代には女性も舞楽を担っていたという記述や、『源氏物語』に光源氏が乳兄弟の娘を舞姫として献上する場面があることを根拠に、その正当性を主張し続けたのでした。

原笙会が多くの女性に門戸を開いているのは、師匠である原氏の強い思いがあったからです。かつて舞楽界が男性による楽師の世襲制度をとっていたのに対し、原笙会は「習いたい」と願う女性を広く受け入れています。また、楽器演奏は行わず、舞だけに特化しているのも大きな特徴でしょう。これは、楽器の習得に時間をかけるよりも、「女性が若く美しい時期に舞台で華やかに輝けるように」という、原氏の弟子への温かい配慮から生まれた方針なのです。

舞楽師である生川純子氏が原笙会と出会ったのは、今から25年前のことです。平安から鎌倉時代にかけての歴史に興味を抱き、大学進学を機に静岡から京都へ移住した生川氏は、1994年の平安遷都1200年を記念する平安神宮の催しで、原笙会の舞う**白拍子の舞(しらびょうし – 平安末期から鎌倉時代にかけて流行した女性の舞)**に心を奪われ、すぐに弟子入りしました。内弟子として基本から徹底的に仕込まれた生川氏は、その情熱と才能で、会の中心的な存在になっていきます。

現在、原笙会のレパートリーは約30曲にもおよびます。「柳花苑(りゅうかえん)」のように、曲と舞を描いた絵だけが残っていた演目を原氏が苦労して復活させた例もあるそうです。中でも女性の美しさが最も際立つのは、「五節舞(ごせちのまい)」などの女舞でしょう。平安時代には、この舞を披露した舞姫の中から天皇の后妃が選ばれたという逸話もあるほど、女性の華やかさが際立つ演目です。

舞人は、幾重にも絹織物を重ね、錦糸で刺繍を施した豪華な**十二単(じゅうにひとえ)の装束を身にまとい、髪はおすべらかしに白糸の髪飾りをつけた盛装です。手には大ぶりの檜扇(ひおうぎ)**を持ち、4人の舞人が手足や顔の向きを寸分たがわず揃えて舞う姿は、息をのむような美しさでしょう。生川氏らは、2019年5月5日には兵庫県西宮市の西宮神社で、新天皇陛下の御即位を祝う太々講社(だいだいこうしゃ)神楽祭で五節舞を奉納しました。この五節舞は、大嘗祭の年だけ舞姫が5人になるという古来からの習わしがあるそうで、この日は5人の弟子たちが一糸乱れぬ舞を披露したとのことです。

2005年、原笙子氏は急性骨髄性白血病のためこの世を去りました。亡くなる直前まで「私がいなくなったら、原笙会は空中分解してしまう」と深く懸念されていた師匠の思いを受け、生川氏は会の存続を決意し、代表を引き継いだのです。原笙会が今日まで活動を続けられている背景には、師匠の先見の明がありました。それは、原氏があつらえてくれた膨大な数の衣装です。

絹織物を重ね、錦糸で豪華な刺繍が施された装束や、鬘(かつら)など、もしこれを毎回衣装屋から借りていたとしたら、会の資金は到底持ちこたえられなかったでしょう。この贅沢な衣装を揃えることができたのは、実は原氏の著作の印税のおかげなのです。原氏は、1984年にテレビドラマ化され大きな話題を呼んだ『不良少女とよばれて』の原作者でもあります。非行から立ち直り、舞楽師になる少女の物語は、当時多くの人々の記憶に残りました。

ただ、誤解のないように補足しておくと、原氏が「不良少女」と呼ばれたのは戦後間もない時期のことです。両親への反発や家出をしたためにそう呼ばれたのであり、ドラマの主人公のような波乱万丈な経緯とは大きく異なるそうです。しかし、その自伝的な要素を持つ作品の成功が、巡り巡って伝統芸能である女人舞楽の継承を支える大きな力になったというのは、なんとも不思議な、そして感動的な物語ではありませんか。

女人舞楽の継承者である生川純子氏は、現在、小学校6年生から80歳代までの約35名の会員をまとめ、精力的に活動されています。中には遠く熊本県から芦屋にある稽古場まで通って熱心に稽古に励む方もいるとのことです。伝統というものは、ただ古きをそのまま伝えるだけでなく、時代に合わせて柔軟に、そして熱意をもって継承していく姿勢が何よりも大切です。原笙会が示す、**「女性の美しさ」と「若さ」**を舞台で最大限に生かすという師匠の思いは、まさに伝統芸能に新たな息吹を吹き込む革新的な試みだと私は感じています。

この素晴らしい女人舞楽の存在が、もっと多くの人々に知られ、後世へと大切に受け継がれていくことを心から願っております。

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