没後20年「炎の画家」三岸節子が放つ情熱の赤。文化功労者・女流画家の先駆者が描く「生命の讃歌」をその手に。

2019年08月26日現在、日本の美術界において改めてその存在感が増しているのが、「炎の画家」と称された三岸節子さんです。日経アートでは、彼女の代名詞とも言える力強い色彩と、圧倒的な迫力を放つ構図が魅力的な作品の数々をご紹介しています。節子さんは、ただ美しい絵を描く画家ではありませんでした。彼女の筆致には、激動の時代を駆け抜けた一人の女性としての、凄まじいまでの覚悟と情熱が宿っているのです。

彼女の人生は、まさに波乱に満ちたものでした。天才画家と呼ばれた夫・三岸好太郎さんと若くして死別した後、彼女は3人の子供を育てる母親でありながら、画家としての道を切り拓くことを決意します。男性中心の価値観が根強かった当時の洋画壇において、女性が自立して創作を続けるのは並大抵のことではありませんでした。しかし、彼女はその逆境さえも創作のエネルギーへと変え、自らの命を燃やすようにキャンバスに向かい続けたのです。

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苦難を乗り越え開花した「女流画家の先駆者」としての足跡

1947年には、志を同じくする仲間と共に「女流画家協会」を設立しました。これは、女性画家の地位向上と若手の育成を目的とした画期的な試みであり、現在も続く美術団体の礎となっています。ここで言う「女流」とは、単に女性であることを指すのではなく、女性特有の感性を武器に社会へ打って出るという強い意志の表れだったのでしょう。彼女の行動力は、後進の女性アーティストたちにどれほどの勇気を与えたか計り知れません。

彼女の才能は日本国内に留まらず、世界からも高く評価されました。1951年には、ブラジルで開催された現代美術の国際展「サンパウロ・ビエンナーレ」の日本代表に選出されています。この「ビエンナーレ」とは、2年に一度開催される国際的な芸術祭のことで、世界中の精鋭が集う舞台です。そこで名声を確固たるものにした彼女は、女性洋画家として初めて、多大な文化的貢献を認められた「文化功労者」として顕彰されるに至りました。

魂の分身として描かれた、鮮烈な「三岸節子の赤」の魔力

節子さんが75歳という円熟期に描き上げた傑作が、今回注目されている「花(ヴェロンにて)」です。この作品は、彼女がフランスに移住し、創作活動に明け暮れた15年間の集大成とも言えるでしょう。「私が描きたいと願う花は、私自身の分身です」と語った彼女の言葉通り、画面からは溢れんばかりの生命力が放出されています。太陽や燃え滾るマグマに例えられるその色彩は、いつしか「三岸節子の赤」と呼ばれるようになりました。

SNS上でも「彼女の赤を見ると、心の奥底から力が湧いてくる」「画面越しでも熱を感じるような色彩感覚に脱帽する」といった熱い反響が寄せられています。没後20年を迎えた2019年08月26日においても、彼女の作品がこれほどまでに人々の心を掴んで離さないのは、描かれた花が単なる静物ではなく、彼女自身の生き様そのものを映し出しているからではないでしょうか。まさに、時を超えて響き渡る生命の讃歌と言えます。

現代を生きる人々へ贈る、永遠に色褪せないエール

編集者である私自身の視点から言わせていただければ、三岸節子さんの作品は「自立して生きる」ことの厳しさと美しさを教えてくれます。何かに情熱を注ぎ、自分を表現し続けることの尊さは、現代の多様なライフスタイルを追求する私たちにとっても、大きな指針となるはずです。彼女が命を削って生み出した「赤」は、忙しない日常の中で忘れかけていた「心の熱量」を思い出させてくれる、特別な力を持っていると確信しています。

日経アートでは、三岸節子さんの作品に加えて、國司華子さん、清水操さん、野田歩さんといった、現代の日本画壇で輝きを放つ実力派女流画家たちの秀作も取り揃えています。時代を切り拓いてきた先達の魂を受け継ぎつつ、新たな感性で描かれた作品たちもまた、私たちの生活に豊かな彩りを添えてくれることでしょう。本物の芸術が持つエネルギーを、ぜひこの機会に、ご自身の目と心で直接感じ取ってみてはいかがでしょうか。

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