九州の音楽シーンを長年支え続けてきた、一つの偉大な足跡が区切りを迎えました。福岡市を拠点に、なんと400回もの定期公演を積み重ねてきた「福岡ハイドン弦楽四重奏団(F.Q.)」が、2019年4月をもって33年にわたる活動に幕を下ろしたのです。元九州交響楽団の八尋祐子氏(第1バイオリン)を中心に結成されたこの楽団は、日本の地方都市において弦楽四重奏の定期公演を継続するという、極めて稀有で尊い挑戦を続けてきました。
弦楽四重奏とは、2本のバイオリン、ビオラ、チェロという4つの楽器のみで構成される演奏形態を指します。これはクラシック音楽における「核」とも呼ばれ、オーケストラのような華やかさとは対照的に、作曲家の内面が最も純粋に投影されるジャンルです。ベートーベンなどの巨匠たちも、自らの魂を剥き出しにした名作をこの編成のために残しています。SNS上でも「これほど贅沢な空間が福岡にあったことが誇りだ」と、惜しむ声が絶えません。
演奏家にとって、弦楽四重奏を継続することは並大抵の努力では済みません。一般的に、四重奏団としての基礎を築くのに10年、その響きを熟成させるには20年もの歳月が必要だと言われています。日本では多くの室内楽活動が演奏家のボランティアに近い形で行われる中、F.Q.が33年もの月日を完走できた背景には、福岡文化財団による手厚い主催体制がありました。文化を育てるという官民一体の姿勢は、まさに理想的なモデルケースと言えるでしょう。
ビジネス街に響く奇跡の音色と、これからの聴衆育成
定期公演の舞台となったのは、博多駅前に位置する西日本シティ銀行本店のエントランス・ホールです。2019年まで、平日の正午という時間帯に150人ほどの聴衆が四重奏団を囲み、温かな交流の場が生まれていました。ビジネス街のど真ん中で文化の薫りを漂わせる試みは、慌ただしく働く人々の心に潤いを与えてきたはずです。こうした日常の中にある「本物」の音楽体験こそが、街の品格を形作っていくのだと私は強く確信しています。
彼らの功績の中でも特筆すべきは、ハイドンの膨大な弦楽四重奏曲を日本で初めて全曲演奏するという偉業を成し遂げた点にあります。これによって福岡の地には、音楽を深く理解し、愛する「一枚板」の聴衆が育ちました。しかし、今回の解散によって福岡市は貴重な定期公演の場を失うことになります。聴衆の高齢化が課題となる今、ただコンサートを開くだけではなく、腰を据えて聴き手を育てる視点が、今後の主催者側にはますます求められるでしょう。
音楽は、一度途絶えてしまうと再建するまでに長い年月を要する生き物のような存在です。F.Q.が33年かけて耕してきたこの豊かな土壌を、私たちは絶やしてはなりません。弦楽四重奏という深遠な芸術への理解がさらに広がり、次世代の演奏家と聴衆が再び響き合う日が来ることを心から願っています。文化を守るということは、効率性だけでは測れない心の豊かさを守ることに他ならないのですから。
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