薄暗いお堂の中に、突如として響き渡る木と木がぶつかり合う乾いた音。そんな厳かな空気に包まれながら、世界最古の歴史を持つとされる宮大工集団の特別な1年が幕を開けました。聖徳太子の時代からお寺や神社を建てる専門の職人として歩んできた建設会社「金剛組」が、2020年1月11日の夕刻、大阪市天王寺区の四天王寺金堂にて伝統の「手斧始め式(ちょんなはじめしき)」を執り行いました。
普段は撮影が一切禁止されているこの神聖な空間には、限られた関係者のみが足を踏み入れることを許されます。現代のように電灯がない時代を彷彿とさせる提灯と蝋燭の明かりだけが揺らめく堂内は、静寂そのものです。SNS上でも「歴史の重みがすごすぎる」「世界最古の企業の仕事始めがこれほど神秘的だとは知らなかった」と、その格式の高さに驚きと感動の声が数多く寄せられています。
受け継がれる古代の記憶と職人たちの魂
この手斧始め式は、593年に聖徳太子が四天王寺を創建して以来、ずっとその建築を支え続けてきた金剛組がその年の工事の安全を祈願する大切な仕事始めの儀式です。平安時代から始まったとも言われるこの行事は、2010年度に大阪市の無形民俗文化財にも指定されました。現在では金剛組の新入社員や選び抜かれた協力企業の人々が参加し、古くから伝わる宮大工の歴史を肌で体感する貴重な機会となっています。
儀式の中では、古代の大工道具が次々と登場します。1尺ごとに目盛りがついた木の棒である「尺丈(しゃくじょう)」が打ち付けられると、静まり返った空間に鋭い音がこだまします。さらに、直角を測る「曲尺(かねじゃく)」や直線を引くための「墨壺(すみつぼ)」を木材に触れさせた後、いよいよ主役である「手斧(ちょんな)」が登場するのです。
手斧とは、木の表面を荒削りするためのクワのような形をした歴史ある大工道具です。この手斧を木材に打ち付け、最後に細長い刃物である「槍鉋(やりがんな)」で表面を美しく仕上げる作法を行うことで、かつて手作業で木を加工していた時代の職人たちの姿を現代へと再現していきます。もともとは大規模な工事の前に実施されていたものが、江戸時代以降に年始の恒例行事として定着したと言い伝えられています。
お寺の中で神事が行われる「神仏習合」の不思議
このお祭りの最も興味深い点は、仏教の象徴であるお寺の本堂で行われているにもかかわらず、その内容が完全に神道(しんとう)のスタイルであることです。祭壇には神様へのお供え物である鯛や神酒が並び、神主が唱えるような祝詞(のりと)が奏上され、参加者も伝統的な神職の装束を身にまとっています。これは、明治時代以前の日本でごく当たり前だった、神様と仏様を区別せずに一緒に信仰する「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」の名残を色濃く伝える非常に珍しい光景でしょう。
四天王寺の法務部の方によれば、建築技術を持つ職人を百済から招いた聖徳太子は、古くから宮大工たちにとって特別な信仰の対象であったそうです。太子の存在があったからこそ、時代が変わってもこの神聖な行事が途絶えることなく守られてきたのではないでしょうか。時代の荒波を乗り越えて独自の文化を守り続ける金剛組の姿勢には、単なるビジネスを超えた日本のモノづくりの原点があるように感じられてなりません。
金堂での儀式を終えた一行は、曲尺を手にした聖徳太子像が祀られている「番匠堂(ばんしょうどう)」へと移動し、全員で拝礼を行いました。お寺の敷地内でありながら、この時ばかりは神道式に「かしわ手」を打つことが許されているのも、神仏習合の温かい歴史を感じさせてくれます。約1時間にわたる厳かな祭儀が無事に終わり、職人たちは伝統の重みを胸に、新たな1年の建築現場へと足を進めていくのでしょう。
コメント