世界経済の行方を左右する中国の景気減速が影を落とす中、非鉄金属市場では奇妙な「格差」が生まれています。2019年08月に入り、銅の価格が約2年ぶりの安値を記録するなど多くの金属が売られる一方で、ステンレスや電池の原料となるニッケルだけが、まるで重力に逆らうかのような急騰を見せているのです。ロンドン金属取引所(LME)における先物価格は、2019年08月15日に1トンあたり1万6000ドルを突破し、約4年8カ月ぶりという驚きの高値を叩き出しました。
この異例とも言える独歩高の背景には、世界最大の生産国であるインドネシアの動向が深く関わっています。当初は2022年から予定されていた未加工鉱石の輸出禁止措置が、大幅に前倒しされるのではないかという観測が市場を駆け巡りました。SNS上でも「供給が止まればステンレス製品も値上がりするのか」「EVシフトに水を差す事態だ」といった懸念の声が相次いでおり、投資家だけでなく一般消費者からの注目度もにわかに高まっている状況です。
資源ナショナリズムがもたらす供給不安の正体
なぜインドネシアは、自国の主要な輸出品を禁止しようとしているのでしょうか。そこには「資源ナショナリズム」と呼ばれる、自国の資源を自国の発展のために最大限活用しようとする国家戦略が見え隠れします。単に鉱石をそのまま売るのではなく、国内で精錬を行って付加価値を高めることで、産業の高度化を狙っているのです。2014年にも一度輸出が禁止されましたが、今回はその規制緩和が終わるのを待たずして、再び門戸を閉ざそうという強い意志が感じられます。
ニッケル鉱石は世界各地に存在していますが、実は埋蔵量の約7割が「酸化鉱」と呼ばれる低品位なタイプに分類されます。この酸化鉱の主産地こそがインドネシアやフィリピンであり、今後のニッケル生産における同国の重要性は増す一方です。供給の要を握る国が蛇口を締めようとしているわけですから、市場が過敏に反応するのは当然と言えるでしょう。専門家からも、自国の産業を守るという姿勢が色濃く出ているとの分析がなされています。
私自身の見解としては、こうした資源ナショナリズムの台頭は、グローバルなサプライチェーンの脆さを改めて浮き彫りにしたと感じています。一国の政策転換が、地球規模の産業構造を揺さぶるリスクを私たちは常に抱えているのです。特に、安定した供給が不可欠な製造業にとって、特定の国に原料を依存し続けることの危険性は、今回のニッケル騒動を通じてより鮮明になったのではないでしょうか。
EVシフトの命運を握る「次世代の戦略物資」
さらにニッケルが高騰する大きな要因として無視できないのが、電気自動車(EV)向けの需要拡大です。ニッケルは、リチウムイオン電池の「正極材」という、電気を蓄える上で極めて重要なパーツに使用されます。リチウムやコバルトといった他のレアメタルと同様に、これからのモビリティ社会を支える不可欠なピースなのです。2018年には需要全体のわずか5%だった電池向けニッケルの割合は、2040年には30%にまで跳ね上がると予測されています。
現在、投資マネーは世界景気の不透明感から銅や原油といった伝統的な投資先を避け、将来有望なニッケルへと流れ込んでいます。EV市場の成長に対する期待が、供給不安という火種に油を注いでいる形です。SNSでは「今のうちにニッケル関連株を買っておくべきか」といった投資的な視点での議論も活発ですが、需給のバランスが崩れれば、私たちが手にする次世代の車が想定外の高値になってしまう可能性も否定できません。
新しい鉱山の開発には、通常5年から10年という長い歳月が必要です。そのため、今から対策を講じても2020年代に訪れるであろうEVの本格普及期に間に合うかどうかは、非常に不透明な情勢と言わざるを得ません。資源の確保を巡る国家間の駆け引きは、今後ますます激化していくでしょう。一過性の相場変動として片付けるのではなく、持続可能な未来のために私たちがどのような資源戦略を描くべきか、今まさに問われています。
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