坂口安吾が貫いた「面従腹背」の美学。川崎賢子氏が米国公文書館で紐解く、検閲と日本文化の深い闇

2019年09月07日、文芸評論家の川崎賢子氏は、米国ワシントンD.C.にある国立公文書館を訪れるための旅路に就いていました。彼女はここ20年ほど、膨大なアーカイブの海に潜り続け、近現代日本が歩んだ戦争や植民地、そして占領期の裏側に隠された真実を追い求めています。今回の調査もまた、当時の日本文化がプロパガンダや検閲、さらにはインテリジェンスと呼ばれる高度な「情報戦」とどのように絡み合っていたのかを解き明かす、極めて重要なミッションとなるでしょう。

川崎氏の探究心の根底にあるのは、1920年代に花開いた「モダニズム文化」への強い偏愛です。彼女の関心は、スリルに満ちた探偵小説から華やかな宝塚歌劇、さらには少女文化や映画の世界まで多岐にわたります。一見すると散漫な興味の対象に映るかもしれませんが、これらはすべて、近代という時代が生み出した新しい感性の奔流として地続きになっています。SNS上でも「これほど幅広い視点を持つ研究者は稀だ」と、彼女の多角的なアプローチに期待を寄せる声が数多く上がっていました。

特筆すべきは、作家・坂口安吾が戦時中に見せた「面従腹背」の姿勢に関する考察です。面従腹背とは、表面上は相手に従うふりをしながら、心の中では反抗し、批判を持ち続ける態度を指します。安吾は国策という強大な力に表向きは従いつつも、その内側では決して自らの魂を売り渡しませんでした。こうした彼の徹底した批評精神は、戦後の混沌とした社会において、既存の価値観を打ち砕く力強い言葉として結実していくことになったのです。

私は、歴史を単なる記録としてではなく、検閲という「目に見えない圧力」のフィルターを通して読み解く川崎氏の姿勢に、現代にも通じる警鐘を感じずにはいられません。情報が溢れる現代社会だからこそ、かつての知識人たちがどのように権力と対峙し、自己のアイデンティティを死守したのかを知る意義は大きいでしょう。アーカイブに眠る一枚の文書が、教科書に書かれた歴史を塗り替える瞬間の昂揚感は、何物にも代えがたい知的な興奮を私たちに与えてくれるはずです。

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