お寿司やお刺身の脇役として欠かせない「わさび」。あのツーンと鼻を抜ける独特の刺激を、これまでにないほど鮮烈に引き出してくれる魔法のような道具をご存知でしょうか。静岡県沼津市に拠点を構える「小林金属製版所」が開発した、わさび専用おろし板「鋼鮫(はがねざめ)」が、今、食のプロたちの間で絶大な支持を集めています。
そもそも、わさびの辛み成分は「細胞を壊して空気に触れさせる」ことで初めて生まれるものです。空気をたっぷり含ませながら細かくすりおろすほど、香りと辛みが一層際立ちます。これまでは鮫の皮を使ったおろし板が最適とされてきましたが、すりおろすのにコツが必要で、手入れも大変という課題がありました。そうした悩みを解決するために生まれたのがこの「鋼鮫」です。
開発のきっかけは、地元の老舗わさびメーカー「山本食品」の山本豊社長からの一言でした。金属の銘板を製造する際の「エッチング加工」という高度な技術を応用して、鮫皮を超えるおろし板を作れないかという相談です。エッチングとは、薬品などを用いて金属の表面を腐食させ、精密な凸凹や文字を刻む加工技術のこと。まさに職人の技が成せる業と言えます。
驚くべきは、そのおろし面のデザインです。星形やバツ印など様々な形を試行錯誤した結果、最終的にたどり着いたのは、なんと「わさび」という文字そのものでした。平仮名の「わ」「さ」「び」が整然と並んでおり、それぞれの文字の隙間が上下左右バラバラの方向を向いています。このランダムな方向性が、わさびの細胞をあらゆる角度から均一に壊し、最高にクリーミーな食感を生み出してくれるのです。
2017年の発売以来、その圧倒的な品質から人気はうなぎ登りです。SNSでも「わさびの概念が変わった!」「文字でおろすなんて斬新すぎる」といった驚きの声が相次いでいます。2019年2月にテレビで紹介された際には、なんと3カ月待ちの状態になるほど注文が殺到しました。現在は月産1000枚が限界という貴重な品で、まさに手に入れること自体が特別な体験になるでしょう。
製造元の小林金属製版所は、もともと工業機械の銘板製作が本業ですが、現在は消費者の生活に密着した「BtoC」事業に力を入れています。昨今の不安定な景気情勢の中で、伝統の技術を新しい価値に変換する姿勢は、現代の製造業における理想的なモデルケースと言えるのではないでしょうか。単なる道具ではなく、食卓に驚きと感動を届ける発明品なのです。
伝統技術から生まれた「いなせな手鏡」
「鋼鮫」に続くヒット商品として注目されているのが、ステンレス製のカード型ミラー「いなせな手鏡」です。厚さわずか0.5ミリメートル以下という薄さながら、機械銘板で培った高度な印刷技術が注ぎ込まれています。2013年の発売以来、男性の身だしなみ用だけでなく、サッと取り出したい女性や、企業のノベルティとしても年間約4000枚が選ばれています。
この記事を通じて感じるのは、一つの分野で磨き抜かれた「ニッチな技術」が、別の分野と出会うことでとてつもない爆発力を生むという面白さです。私自身、文字でおろすという遊び心と実用性の融合には、日本のモノづくりの粋を感じずにはいられません。静岡が誇るこの「鋼鮫」で、ぜひ一度、本物のわさびのポテンシャルを体験していただきたいと心から願っています。
コメント