激動の政界を支えた名補佐役の舞台裏:官房副長官・石原信雄氏が振り返る竹下内閣発足と「血の小便が出るポスト」の重責【昭和天皇ご病状と危機管理の最前線】

長きにわたり行政の要職を歴任された石原信雄氏が、1987年(昭和62年)11月の竹下内閣発足とともに、内閣官房副長官に就任した経緯と、当時の首相官邸の状況を振り返ります。自治省を退官し、地方自治情報センターの理事長を務めていた石原氏のもとに、87年秋、中曽根康弘総理大臣の秘書である上和田義彦氏が突如訪問。中曽根総理が後継者を指名した後に誕生するであろう、竹下登氏をトップとする新政権で、官邸に入ってもらうことになるだろう、と副長官就任を事実上予告されました。これは、官房副長官のポストが旧内務省系の出身者で占められており、当時の副長官が在任期間の目安とされる3年を超えて4年務めていたことから、人事の刷新が近いと見込まれていたためです。

中曽根総理の裁定により竹下総理の誕生が正式に決まると、当時の官房長官であった後藤田正晴氏から、官邸への着任が伝えられました。官房副長官の人事は新内閣で決定されるものですが、この連絡から、竹下次期総理との間で、すでに石原氏の起用に関する話し合いが進んでいたことが窺えます。後藤田氏は、内務省の地方局や戦後の警察を経て、警察庁長官を務め、田中内閣では官房副長官、大平内閣では自治大臣を歴任した重鎮です。石原氏は自治省の税務局長時代に大臣としてお仕えした経験もあり、中曽根内閣では、ときに右寄りな中曽根総理に対し、常にバランス感覚を持って政権を支えた「名官房長官」として知られていました。

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皇室問題とオフレコ破りの危機管理

官邸の先輩である後藤田氏から、石原氏は着任にあたり、まず二つの重要な助言を受けました。一つは、「君は財政畑(財政に関する専門知識を持つ分野)の出身だが、皇室問題をしっかりと勉強しておくように。これが最優先の課題だ」という忠告です。当時公にはなっていなかったものの、昭和天皇は1987年9月に膵臓(すいぞう)がんの手術を受けられており、ご病状が深刻化していました。いつか起こり得る「崩御(天皇が亡くなること)」に備え、新元号の制定や、国を挙げての葬儀の準備といった皇室に関する一連の対応が、喫緊の最重要課題として石原氏の脳裏に焼き付いたのでした。

もう一つは、報道対応に関する痛烈な忠告です。「記者には気をつけろ。オフレコ(記事にしないという前提の非公式な情報提供)で話した約束は破られる」という後藤田氏の言葉は、情報管理の難しさを浮き彫りにしています。天皇の崩御という重大事への準備が事前に外部に漏れれば、社会的な大問題に発展しかねません。こうした機密性の高い案件を扱うにあたり、危機管理(予期せぬ事態や緊急事態が発生した際に、被害を最小限に抑え、事態を収拾するための管理体制)の経験が少なかった石原氏に対し、後藤田氏は着任後も「これは危ない橋だから気をつけろ」と具体的な助言を惜しまなかったといいます。

「血の小便が出るポスト」の重責とスタート

官邸入りを前に、石原氏は郷里の先輩である福田赳夫元総理に挨拶に伺い、「官房副長官は血の小便が出るポストだぞ。政治と行政の狭間で、役所の筋(行政の論理や手順)を通しながら最後はまとめなければならない」という覚悟を促す言葉を受けました。この「血の小便が出る」という表現は、福田氏が大蔵省時代に、今の官房副長官に当たる内閣書記官長が、陸軍の無理難題と行政の原則との間で苦悩する姿を見ていたことに由来するといい、政治家からの要求と、行政官としての責任の板挟みになる、その重圧を象徴しています。石原氏はこのありがたい助言と指南を受け、その重責を改めて自覚して官邸に入られたのでしょう。

そして1987年11月6日、竹下内閣が発足します。竹下総理は、長年の大蔵大臣や自民党幹事長の経験を通じて、地方財政などの話題で石原氏とは面識があり、比較的よく存じ上げている間柄でした。また、官房長官には、同じ群馬県出身で人柄もよく知る小渕恵三氏が就任。当時の官房副長官は政務と事務の2人体制で、政務担当の小沢一郎官房副長官とは、石原氏が自治省事務次官時代に、自治大臣として仕えた経験がありました。このように、総理、官房長官、政務副長官といずれも気心の知れたメンバーとのスタートとなり、初めての官邸勤務は、精神的には比較的穏やかな滑り出しとなったことがうかがえます。

竹下総理は、盟友である安倍晋太郎幹事長に党務を委ね、難しい問題は総理と幹事長が直接協議して決定するという形をとっていました。この官邸と自民党との良好な関係も、石原氏が事務方トップとして、スムーズに職務を遂行する上で大きな支えとなったことでしょう。この時期の首相官邸は、水面下で進むべき大事業を抱えながら、経験豊富な名行政官を擁し、安定したスタートを切ったと言えるでしょう。

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