歌舞伎の女形が魅せる「上方の女」の真髄とは?お初と梅川に宿る官能的な哀れみの美学

歌舞伎の舞台を鮮やかに彩る女形は、観客を異世界へと誘う魔法のような存在です。男性が演じていることを忘却させるほど、その一挙手一投足には女性特有の情感が凝縮されています。演劇評論家として多くの役者と接してきた筆者は、楽屋で出会ったある女形の姿に、言葉を失うほどの衝撃を受けた経験があるのです。

2019年10月02日現在、私はその時の光景を鮮明に記憶しています。取材のために訪れた楽屋で、白塗りの化粧を首筋に残したまま浴衣の襟を整える彼の姿には、計算を超えた自然な色香が漂っていました。日常の何気ない仕草から溢れ出す艶っぽさは、まさに「女形、恐るべし」と確信させるに十分な磁力を放っていたといえるでしょう。

SNS上でも「女形の美しさは女性以上に女性らしい」という声が多く聞かれますが、それは単なる外見の模倣ではありません。特に私が惹かれるのは、大阪や京都を舞台にした「上方の女」たちが持つ独特の空気感です。役者たちが異口同音に語る「上方の匂い」という表現は、言葉や所作から醸し出される、柔らかで華やかな「はんなり」とした情緒を指しています。

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「曽根崎心中」お初が魅せる足先での命がけの対話

上方歌舞伎のヒロインといえば、近松門左衛門の傑作「曽根崎心中」のお初を抜きには語れません。2015年までこの役を1400回以上も演じ続けた坂田藤十郎さんの至芸は、まさに伝説といえます。この物語は、愛し合うお初と徳兵衛が、大坂・曽根崎の森で最期を遂げるまでを描いた、哀しくも美しい悲劇として知られています。

特筆すべきは、お初が縁の下に隠れた徳兵衛に対し、自身の白い足先を使って心中への覚悟を問う場面です。喉元に触れる足の感触で愛する人の決意を確かめる演出は、歌舞伎の中でも稀有な官能美を放っています。弱々しい恋人を包み込み、死への道行きをリードするお初の芯の強さは、現代の観客の心をも強く揺さぶるに違いありません。

専門用語で「当たり役」とは、その俳優の個性に最も適した、評価の高い役を指します。お初という役は、藤十郎さんから次男の中村扇雀さん、そして孫の中村壱太郎さんへと大切に継承されています。家伝の芸として磨き上げられた「上方の匂い」は、時代を超えて観客を夢幻の世界へと引き込んでいく魅力を湛えているのです。

「封印切」梅川のうなじに宿る言葉なき哀愁

もう一人の忘れがたいヒロインが、「恋飛脚大和往来」に登場する傾城(けいせい)の梅川です。傾城とは、一国を傾けるほど美しい最高位の遊女を意味します。恋人である忠兵衛が、彼女への愛ゆえに公金を横領するという大罪を犯してしまう逃避行の物語は、観る者の涙を誘わずにはいられません。絶望の淵に立たされた二人の姿は、どこか神々しささえ感じさせます。

この劇中で、梅川は恋敵からの激しい侮辱を耐え忍びます。以前、名優・片岡秀太郎さんが「辛さをうなじで表現する」と語っていたように、言葉にできない悲哀を後ろ姿や首筋のラインだけで語る演技は、極めて高度な技術を要します。派手な動作を抑えることで逆に感情を増幅させるこの手法こそ、上方女形の真骨頂といえるのではないでしょうか。

雪景色の中、素足で佇む梅川と忠兵衛の姿は、まさに一幅の絵画のような美しさです。私は、この「哀れがもたらす美」こそが、上方歌舞伎の本質であると考えています。不完全で脆い人間が、極限の状態で見せる純粋な愛の形。それを見事に体現する女形たちの艶姿は、これからも日本の伝統芸能の華として、私たちの心を捉え続けるはずです。

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