近代日本美術史において、一際異彩を放つ画家・岸田劉生。彼を「別格」たらしめる所以を、私たちは今、東京・丸の内の東京ステーションギャラリーで目撃することができます。2019年9月21日現在開催中の「没後90年記念 岸田劉生展」は、時代に流されず、ただひたすらに己の「内なる美」を追求し続けた天才の足跡を、克明に映し出しています。
今回の展示における最大の見どころは、作品が制作された年月日順に並べられている点でしょう。これにより、彼がどのような葛藤を経て、独自の境地に辿り着いたのかという変遷が手に取るように伝わってきます。SNS上でも「教科書の麗子像とは違う迫力に圧倒された」「執念すら感じる写実性に鳥肌が立った」といった、魂を揺さぶられたファンの声が相次いでいます。
近代化の波を拒絶し、古典の深淵へと向かう意志
岸田劉生の画業を語る上で欠かせないのが、1913年頃から始まる肖像画への没頭です。当初は、当時の流行であった「ポスト印象派(ゴッホやセザンヌのように、光や色彩の感情的表現を重視するスタイル)」の影響を受けていました。しかし、1914年を境に、彼の筆致は鮮やかな色彩を捨て、驚異的な細密描写へと変貌を遂げていきます。
時代のトレンドに背を向ける不安を抱えながらも、彼は自分自身の欲求に嘘をつけませんでした。彼が救いを求めたのは、デューラーに代表される「北方ルネサンス」の緻密な写実精神です。この「クラシックの感化」が、1915年11月5日に完成した重要文化財「道路と土手と塀(切通之写生)」という傑作を生み出す原動力となったのでしょう。
私は、この劉生の姿勢こそが現代のクリエイターにとっても重要な指針になると考えます。周囲の評価や流行に惑わされず、自分が「これだ」と信じる美学を掘り下げる。その孤独な探求こそが、100年後の人々の心をも打つ普遍的な価値を生むのではないでしょうか。土手の亀裂ひとつに宇宙の神秘を見出した彼の眼差しには、執念を超えた愛を感じます。
愛娘・麗子に託した「実在の神秘」と永遠の美
1916年7月に肺病を患った劉生は、外での写生を禁じられ、静物画へと情熱を傾けます。1917年2月に描かれた「林檎三個」は、単なる果物の写生ではありません。愛娘・麗子の回想によれば、そこには家族三人の姿が投影されていたといいます。ただそこに「在ること」の不思議を突き詰めた彼の筆は、やがて最愛のモチーフである娘へと向けられました。
1919年8月23日に完成した「麗子坐像」は、東洋と西洋の美が見事に融合した到達点です。緻密に描かれた着物の質感には、彼が晩年に傾倒した東洋的な美意識が息づいています。38歳という若さでこの世を去った劉生ですが、彼が麗子の微笑みに見出した「如実感(物事が真実としてそこにあるという実感)」は、今も色褪せることはありません。
高村光太郎が「彼に代わる者はいない」と惜しんだその才能。写真のように精巧な絵画が溢れる現代だからこそ、劉生が命を削ってカンバスに刻みつけた「魂の写実」に触れてほしいと願います。展示は2019年10月20日まで開催され、その後は山口や名古屋へと巡回する予定です。この至高の芸術体験を、ぜひその目で確かめてください。
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