2019年10月18日、同志社大学の太田肇教授は、ある一冊の書籍を通じて現代社会が抱える根源的な危うさに警鐘を鳴らしました。その本とは、レバノン出身の作家アミン・マアルーフ氏による『アイデンティティが人を殺す』です。私たちは普段、自分が何者であるかを示す「アイデンティティ」を誇りや絆の象徴として捉えがちですが、本書はそれが時に他者を排除し、命を奪う暴力の引き金になるという残酷な側面を浮き彫りにしています。
SNS上では、この衝撃的なタイトルに対して「自分を定義することが他者との境界線を作り、それが分断を生むという視点にハッとさせられた」といった共感の声が相次いでいます。特定の帰属意識が強まりすぎると、人は異質な存在を許容できなくなるのでしょう。太田教授は、民族や宗教、あるいは階級といった枠組みへの過度な一体感が、歴史の中で繰り返されてきた悲劇の正体であると冷静に分析しています。
多様な「居場所」の分散が争いを防ぐ鍵になる
ここで注目すべきは、社会が複雑化し流動性が高まっている2019年現在の状況です。かつてのように一つの集団に生涯を捧げるのではなく、現代人は仕事、趣味、地域など、複数のコミュニティに属しています。これを専門用語では「多重帰属(マルチ・メンバシップ)」と呼びます。一つのアイデンティティに依存せず、自分の拠り所を分散させることで、特定のイデオロギーや極端な思想に盲従するリスクを減らせるのです。
私自身の見解としても、アイデンティティを一つに絞り込むことは、自ら思考を停止させ、心の自由を縛る檻になりかねないと感じます。支配層や扇動者が「私たちは一つだ」という美辞麗句で人々を特定の方向へ誘導しようとしても、個人が多様な繋がりを持っていれば、その誘惑に抗うことができるはずです。利害関係が複雑に絡み合う現代だからこそ、一元的な一体感から脱却する姿勢が求められています。
自分を多角的に定義することは、決して「自分がない」ことではありません。むしろ、多様な価値観の中に身を置くことで、無益な争いや分断に巻き込まれないための最強の自衛手段となります。太田教授が提示したこの視点は、情報が溢れ、対立が激化しやすい今の時代を生き抜くための、重要かつ極めて実用的な哲学であるといえるでしょう。
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