1969年に「週刊現代」で産声を上げた不朽の名作『青春の門』が、誕生からちょうど50年という節目を迎えました。著者である五木寛之さんは、2017年に23年ぶりの連載再開を果たし、このほど最新刊となる『新 青春の門 第九部 漂流篇』を2019年10月15日に世に送り出しました。
福岡の筑豊で生まれた主人公・伊吹信介の波乱万丈な半生を描く本作は、世代を超えて多くの読者を熱狂させてきました。SNS上でも「令和の時代に再び信介に会えるなんて感無量だ」「昭和の熱量が今の自分にも刺さる」といった、往年のファンから若い読者まで幅広い層の歓喜の声が溢れています。
行動から思索へ、ユーラシアを彷徨う信介が迎える精神の変革
今作の舞台となるのは、1961年から1962年にかけての旧ソ連と日本です。五木さんは、物語の進展について「作者が操っているようで、実は登場人物が勝手に動き出すものだ」と語ります。これまでの信介は本能のままに突き進んできましたが、今作では内面を深く見つめ直す「研鑽(けんさん)」、つまり自分を磨き上げる時期に差し掛かります。
ここで言う「研鑽」とは、単なる勉強ではなく、経験を通じて自身の精神や技術をより高みへと昇華させるプロセスを指します。信介はこれまでの行動中心の生き方から、物事を深く考える「思索」へとシフトしていくのです。その結果、彼は予定していた大陸横断を中断し、極寒のシベリアに留まるという決断を下します。
激動の音楽業界と冷戦下の文化攻勢が織りなすリアリティ
一方で、歌手となった幼なじみの牧織江もまた、新しい時代の歌を求めて苦闘しています。1960年代は、自ら曲を作り歌うシンガー・ソングライターが登場するなど、音楽界に地殻変動が起きた時代でした。作詞家としても活躍された五木さんだからこそ描ける、当時のレコード業界の再編や熱気が物語に深いリアリティを与えています。
さらに物語は、1950年代後半から暗躍した興行師(プロモーター)たちの活躍にも光を当てます。米ソ冷戦の火花が散る中、日本は両国による文化的なアピールの場となっていました。ボリショイサーカスの招へいなど、華やかなエンターテインメントの裏側に潜む国家間の思惑が、信介の運命をさらに複雑に絡め取っていきます。
ロマノフ王朝の謎と、作家が託す「声なき声」の響き
帰国した信介が東京・新宿で怪しげな仕事に就く第十部「疾走篇」では、ロシア革命後に消失したとされる「ロマノフ王朝の財宝」という壮大なミステリーも絡み合います。五木さんは、作家とは読者の代わりに「声なき声」を世に響かせる「よりしろ(神霊が宿る対象)」のような存在であるべきだと、独自の創作論を語ってくださいました。
個人的には、半世紀もの間、一人の主人公と共に歩み続ける五木さんの筆力に畏敬の念を抱かずにはいられません。かつて石炭の採掘で出た不要な岩石が積み上がった「ボタ山」という風景を知らない世代が増えても、信介が抱く普遍的な葛藤は、現代を生きる私たちの心にも必ず響くはずです。完結へ向けた信介の疾走を、共に見届けましょう。
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