世界を驚かせたサントリーホールディングスによる米ビーム社の買収。経営陣が組織の統合に心血を注いでいた裏側で、日米のウイスキー職人たちもまた、言葉の壁を超えた熱い「魂のぶつかり合い」を繰り広げていました。2017年6月、ビーム家の血を引くマスターディスティラーのフレッド・ノウ氏は、サントリーのチーフブレンダー福与伸二氏が差し出した試作品に対し、「これはバーボンとは呼べない」と厳しい評価を下したのです。
ここで言う「バーボン」とは、トウモロコシを主原料とし、内側を焼いた新しいオーク樽で熟成させるアメリカ生まれのウイスキーを指します。ビーム社は「ジムビーム」などの世界的ブランドを擁するプライドがあり、一方で福与氏は「山崎」や「白州」を育て上げた日本の第一人者です。サントリーが得意とするシェリー樽由来の華やかな香りが、伝統を重んじるノウ氏には、バーボン本来の力強さを損なうものと映ったのでした。
互いの譲れない職人の意地は、SNS上でも「日米のトップ同士が本気でぶつかる姿に震える」「伝統と革新の融合は一筋縄ではいかない」と大きな関心を呼びました。しかし、共通の言語である「最高の酒造り」を通じて、二人は次第に心を通わせていきます。福与氏は何度も米国ケンタッキー州へ足を運び、ノウ氏とグラスを傾けながら対話を重ねました。そして3年近い歳月を経て、ついに双方が納得する極上の一滴が完成したのです。
創業家の執念が宿る「究極のブレンド」への到達
2019年3月、両者の合作として誕生したバーボン「リージェント」は、まさに伝説(Legend)を冠するにふさわしい逸品となりました。サントリースピリッツの鳥井憲護執行役員は、商品開発こそが企業統合を真に前進させると確信したといいます。しかし、福与氏にはもう一つの大きな壁が立ちはだかっていました。それは、世界5大産地の原酒をブレンドするという、かつてない壮大なプロジェクトでした。
100回を超える試作を繰り返した最終段階で、サントリーの佐治信忠会長から突きつけられたのは「やめてしまえ」という衝撃の一言でした。ブレンドとは、複数の原酒を組み合わせて単体では出せない深みを作る技術ですが、福与氏は希少な原酒を惜しむあまり、無意識に守りの姿勢に入っていたのです。経営トップでありながら、創業家としてウイスキーへの妥協を一切許さない佐治氏の鋭い眼光が、現場の甘えを瞬時に見抜きました。
指摘された希少な原酒を惜しみなく投入し、つくり直したサンプルには、ようやく納得の「合格点」が出されました。2014年の巨額買収から5年、日米の現場がプライドを懸けて融合した成果は、今まさに芳醇な果実として実を結ぼうとしています。企業の壁、そして国境さえも越えて生まれた新しい味わいは、ウイスキーの歴史に新たな1ページを刻むことになるでしょう。
個人的には、このエピソードから「効率」だけでは語れないものづくりの真髄を感じます。数字上の統合ではなく、現場の職人が互いの文化を否定するところから始め、最後は共通の情熱で結ばれる。この泥臭いプロセスこそが、ブランドに命を吹き込む唯一の道なのかもしれません。私たち消費者が手にする一杯のグラスには、こうした執念が凝縮されているのですね。
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