【干支のトリビア】なぜ午前・午後は「馬」なの?漢字学者が明かす「卯の刻」出勤の意外な歴史

2019年12月01日を迎え、街中には愛らしいネズミをあしらった年賀状が並び始めました。新しい季節の訪れを感じる中で、私たちは自身の「干支」について語る機会も増えることでしょう。筆者が知人に「自分は卯年だ」と伝えたところ、なぜか性格がおっちょこちょいだと決めつけられたという、ユーモラスながらも理不尽なエピソードは、干支が日本人の生活に深く根付いている証左と言えるかもしれません。

血液型診断が4種類であるのに対し、干支は12種類のバリエーションを誇ります。個性を語るツールとしては、こちらの方が彩り豊かだと感じませんか。興味深いのは、日本において「子・丑・寅」といった干支の漢字と、実際の動物を示す「鼠・牛・虎」という漢字が厳密に使い分けられている点です。この謎には諸説ありますが、確かな答えは歴史の闇の中というのも、漢字の持つ神秘的な魅力ではないでしょうか。

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私たちの時間を司る「干支」と子午線の秘密

干支の漢字は単なる動物の代用ではなく、かつては「時刻」を示す重要な指標でもありました。深夜の12時を「子の刻」とし、そこから2時間おきに干支を割り振る仕組みです。昼の12時がちょうど「午(うま)の刻」に当たることから、その前を「午前」、後ろを「午後」と呼ぶようになりました。普段何気なく使っている言葉の中に、古代の知恵が息づいていることに改めて驚かされます。

さらに、時計の文字盤で「子」を真上、「午」を真下に配置し、その二点を結ぶ垂直な直線のことを「子午線」と称します。このように地理や時間の概念にまで干支が浸透している事実は、歴史好きの方ならずとも興味をそそられるポイントでしょう。SNS上でも「午前と午後の由来を初めて知った」といった驚きの声が、しばしば話題にのぼっているようです。

「卯の刻」から始まる役人の過酷な朝と至福の二度寝

筆者の干支でもある「卯」は、現在の午前6時頃を指す言葉です。古代中国において、この時刻は役人が登庁すべき時間と決まっていました。そのため、出勤簿は「卯簿(ぼうぼ)」、点呼を受けることは「応卯(おうぼ)」と呼ばれていたのです。早朝に政務を執る場所を「朝廷」と呼ぶ由来もここにありますが、特に冷え込みの厳しい冬の日の出勤は、当時の役人たちにとって相当な苦労であったと推察されます。

しかし、現代の私たちと同様、昔の人々もリタイア後の解放感を謳歌していたようです。宋代の詩人・陸遊は、官界を引退した後に「朝からお酒を楽しむ」という贅沢な時間を過ごしていました。彼は詩の中で、早朝からお酒を飲んで顔を赤くしている自分を自嘲気味に詠んでいますが、それは自由を手に入れた者だけの特権だったのでしょう。

私自身の見解を述べれば、現代の忙しいビジネスパーソンにとっても、この「卯の刻」の呪縛から解き放たれる瞬間こそが、人生の至福ではないかと感じます。かつての役人たちが必死に守った規律を知ることで、私たちが享受している休日の朝の静けさが、より一層尊いものに感じられるはずです。漢字の背景にある人々の営みに思いを馳せると、日常の景色が少し違って見えてくるのではないでしょうか。

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