日本のエネルギー界を牽引してきた出光興産が、未来に向けて非常にダイナミックな舵取りを発表しました。2020年度から2022年度までの3カ年において、なんと1000億円規模のM&A(企業の合併・買収)投資枠を新たに設定したのです。この巨額の資金は、スマートフォンや自動車に欠かせない「高機能材」事業の強化へと惜しみなく投入されます。ネット上でも「老舗の石油会社がここまで大胆に変わるのか」と、驚きと期待の声が数多く上がっています。
この戦略の背景には、世界中で急速に加速している地球温暖化対策への取り組みがあります。ガソリンをはじめとする化石燃料の需要は、今後どうしても縮小していくことが避けられません。さらに原油価格の変動によって業績が左右されやすいという課題も抱えています。そこで同社は、景気の波に影響されにくく、独自の技術で高い利益を生み出せる、付加価値の高い最先端の素材ビジネスへ主軸を移す決断を下したのでしょう。
出光興産が目指すのは、特定の狭い市場で圧倒的なシェアを獲得する「グローバルニッチ」のポジションです。実はすでに同社は、スマートフォンの画面などに使われる有機ELパネル向けの発光素材において、世界首位を争うほどの高い実力を持っています。さらに、次世代の電気自動車(EV)の本命とされる「全固体電池」の素材開発も、2020年代の実用化を目標に進めており、まさに未来のテクノロジーを足元から支える存在といえます。
ここで専門用語について少し解説を加えましょう。今回、マレーシアでの生産設備新設が発表された「シンジオタクチックポリスチレン(SPS)樹脂」とは、熱や薬品に強く、電気を投資しにくい優れたプラスチック素材のことです。自動車の電子部品などに引っ張りだこで、これからの電動化社会に不可欠な存在となっています。さらに同社が狙う「バイオケミカル」とは、植物などの再生可能な生物資源を原料にした化学製品を指し、環境に優しい次世代の素材として注目されています。
木藤俊一社長が「一つの事業に大きく張る時代ではない」と語るように、今回の変革は会社全体の文化を根本から変える挑戦でもあります。巨大な製油所に巨額の投資をする従来のスタイルから、小さくても強い事業を数多く束ねて安定した大きな利益を生み出す構造へと転換する狙いです。2020年1月8日現在の計画では、2030年度までに営業利益に占める化石燃料事業の割合を5割未満にまで引き下げるとしており、その本気度が伺えます。
SNSでは「有機ELや全固体電池の分野で出光が強いのは知らなかった、応援したい」というポジティブな意見がある一方で、「これまで稼ぎ頭だった石油から新事業への移行がスムーズにいくのか注目したい」という慎重な見方も存在します。筆者としては、この変革は避けて通れない素晴らしい決断だと考えます。環境変化にただ怯えるのではなく、自社の強みを活かして新しい時代のインフラ企業へ脱皮しようとする同社の試みは、日本企業全体の良きモデルケースになるはずです。
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