科学技術の進歩は、私たちの生活だけでなく研究開発のあり方そのものをも劇的に変貌させています。今、特に注目を集めているのが、生命の設計図を書き換える「ゲノム編集」や、人工的に生命をデザインする「合成生物学」と呼ばれる新時代のバイオテクノロジーです。これらは医療や環境問題の解決が期待される革新的な技術ですが、その開発体制には今、デジタルの世界に酷似した極端な「二極化」の波が押し寄せています。
まるでITの世界における、個人のアプリ開発者と巨大なテック企業のような構図が、バイオの世界でも出現しているのです。この急激な変化に対して、SNSなどでは「自宅で遺伝子操作ができるなんてまるでSFの世界だ」「映画のようなバイオハザードのリスクは大丈夫なのか」といった驚きと不安が入り混じった声が多数寄せられており、一般市民の間でも大きな関心事となっています。
驚くべきことに、米国を中心として自宅のガレージなどで趣味のようにゲノム編集を行う個人、通称「DIYバイオ」を楽しむ人々が急増しています。実験に不可欠な試薬の低価格化が進んだ結果、今やゲノム編集のキットはわずか300ドル程度で手に入る時代になりました。こうした愛好家たちが情報を共有するコミュニティは、世界168カ国へと広がっており、バイオ技術の大衆化が爆発的に進んでいる証拠と言えるでしょう。
その一方で、研究の現場は膨大な遺伝子データを扱うために「大型化」の一途をたどっています。かつてのような個別の研究室にこもるスタイルから、複数の機関が網の目のように連携するネットワーク型への転換が進んでいるのです。米国のブロード研究所などの巨大拠点では、あらゆる分野の専門家が最先端のデータや知識を共有し、日々これまでにない多様な研究に取り組んでいます。
さらに、世界各地では基礎研究から製品化までをノンストップでつなぐ「バイオファウンドリー」という新たなシステムも誕生しました。これはバイオ由来の製品を効率よく低コストで作るための、製造・受託システムのことです。日本でも2020年01月07日の時点で、神戸大学が政府系機関の事業を活用してこの拠点の構築を目指しており、官民を挙げた産業化へのステップが着実に踏み出されています。
このような大規模な体制を支えているのが、「DBTL」と呼ばれる最新の研究サイクルです。これは「設計(Design)」「構築(Build)」「評価(Test)」「学習(Learn)」の頭文字を取ったもので、生き物を扱う実験の手間をデータ科学の力で大幅に効率化する手法を指します。実験結果を計算科学で分析して次の設計に即座に活かすことで、これまでにないスピードでの開発が可能になりました。
自由なアイデアが飛び交う個人開発と、圧倒的な資本力を持つ巨大組織が共存する現状は、素晴らしいイノベーションを生む土壌になります。しかしその一方で、この技術は一歩間違えれば生物兵器などの深刻な脅威になりかねない危うさも秘めているのです。だからこそ、技術の発展をただ喜ぶだけでなく、研究者たちが自主的な規制ルールを作り、リスク管理を徹底することが不可欠な時代に突入しています。
私は、このバイオの二極化こそが未来を切り拓く原動力になると確信していますが、同時に倫理的なセーフティネットの構築は急務であると考えます。多様な背景を持つ人々が議論できる場を、今すぐ整えるべきです。残念ながら、我が国は世界のバイオ前線から10年以上の遅れをとっているのが現実ですが、だからこそ市場を開放し、業界の垣根を越えたコミュニティを作ることで、逆転への第一歩を踏み出してほしいと願っています。
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