華やかなネオンと一攫千金の夢が交錯する統合型リゾート、いわゆるIRの誘致が日本国内でも議論を呼んでいます。しかし、その光が強ければ強いほど、生み出される影もまた深いという現実をご存じでしょうか。カジノを起爆剤にした地域振興のモデルケースとされた街が、いまや激しい都市間競争の末に悲鳴を上げています。
インターネット上では「カジノができれば街が潤うというのは幻想だったのか」「一度依存すると引き返せない地方財政の怖さを知った」といった、IR誘致に対する不安や警戒の声が数多く寄せられています。私たちが目指す未来のエンターテインメント都市は、本当に住民を幸せにするのか、その実態に迫ります。
かつての栄華はどこへ?ゴーストタウン化する米国の先駆者
2019年12月下旬の平日、かつてカジノで栄華を極めた米国ニュージャージー州のアトランティックシティーに冷たい風が吹き付けていました。海岸沿いに堂々とそびえ立つ高層ホテルのショウボートホテルでは、全600室ある客室のうち、その日に埋まっていたのは、わずか6室という衝撃的な惨状です。
ホテルの受付係として働くローマン・メリウーターさんは、週末であっても120室ほどしか予約が入らない現状に、ため息を隠せません。客足が半分ほどあった3年前と比較しても格段に景気が悪化しており、街の衰退は現場で働く人々の肌感覚として明確に現れています。
この街は1976年にアメリカ東海岸で最も早くカジノを合法化し、一時は全米から観光客が押し寄せる一大リゾート地でした。合法化とは、それまで法律で禁止されていた賭博などの行為を、特定の条件や区域において法律上認めることを指します。この特権により街は莫大な富を得たはずでした。
しかし、1990年代から2000年代にかけて周辺のデラウェア州やニューヨーク州が相次いでカジノを解禁したことで、潮目が変わります。カジノ以外の魅力的な観光資源を持たなかったアトランティックシティーは、近隣との激しい顧客獲得競争に巻き込まれ、その地位を急激に失っていきました。
その結果、2014年から2016年にかけて、実業家時代のトランプ氏が鳴り物入りで開業した巨大施設を含む5つのカジノが閉鎖へと追い込まれます。2018年に2つの施設が再開を果たしたものの、一度激しく傷ついた街の経済が受けた爪痕は、そう簡単に消えるものではありません。
もろ刃の剣がもたらした雇用崩壊と地方財政の破綻
IRの敗北がもたらす最も恐ろしい影響は、地域住民の生活を直撃する雇用の崩壊です。2019年11月時点における同市の失業率は4.7%に達しており、これは全米平均の3.5%を大きく上回る深刻な数値となっています。カジノの閉鎖は、そのまま市民の職を奪う結果となりました。
現地のピザ店で働くデニー・フアレズさんは、友人の母親がかつての名門カジノであるトランププラザで働いていたものの、施設の閉鎖によって失業し、結果的に街を去るしかなくなったという悲しいエピソードを語ってくれました。輝かしいリゾートの裏で、多くの家族が翻弄されています。
さらに深刻なのは、アトランティックシティーの自治体財政そのものが機能不全に陥った点でしょう。この街は財政収入の大部分を財産税、つまり土地や建物にかかる税金に依存しており、その最大の納税者がまさにカジノを運営する事業者たちでした。
カジノ事業が傾くと同時に土地の評価額は暴落し、街の税収は一気に激減してしまいます。それにもかかわらず、過去のどんぶり勘定から脱却できず支出の削減が進まなかった同市は、2016年に財政破綻の危機から逃れるため、ついに州政府の直接管理下に置かれる事態となりました。
日本の地方財政への影響を調査する専門家も、この事態に警鐘を鳴らしています。仮に日本の大阪などの誘致地域において、治安の悪化による人口減少や地価の下落が起きれば、同様の税収減を招くリスクは否定できません。まさにカジノは、街を滅ぼしかねない「もろ刃の剣」なのです。
アジアに飛び火した終わりのない大投資戦争
米国での過酷な淘汰劇は、決して他人事ではありません。現在、アジア圏では中国の富裕層マネーをターゲットに、各国が巨額の資金を投じる「IR大投資戦争」が勃発しています。日本で誘致を目指す地域も、最初からこの国際的な生き残りデスマッチに強制参戦させられるのです。
「世界最先端の技術を導入した巨大施設を造る」と強気の姿勢を見せるのは、香港のカジノ大手ギャラクシー・エンターテインメントのスコット・クリーガー氏です。同社は現在、マカオにおいて約500億香港ドル、日本円にして約7000億円という巨費を投じて既存のIR施設を拡張しています。
この拡張工事が完了すれば、建物の総面積である延べ床面積は約2倍へと膨れ上がります。その最大の目玉となるのが、国際会議や展示会、見本市などを開催するための複合施設「MICE(マイス)」です。3万7000平方メートルという圧倒的な広さで、中国のビジネス客を取り込みます。
マカオが位置する一帯は、製造業やIT産業が集積する中国経済の心臓部であり、中央政府も一体開発を強力に後押ししています。各地を結ぶ巨大な橋も完成し、インフラ面のアクセスは完璧に整ったとクリーガー氏は分析しており、周辺地域を取り込む準備は万端のようです。
この動きに対抗すべく、シンガポール政府も2019年春にIR事業者による大規模な拡張計画を承認しました。米ラスベガス・サンズとゲンティン・シンガポールの2社は、合計で90億シンガポールドル、約7200億円を投じて自らの巨大リゾートを容赦なくアップデートさせています。
さらにカンボジアなどでも新たな開発が進んでおり、アジア全体の競争は激化の一途をたどっています。ラスベガス・サンズの国際開発トップであるジョージ・タナシェビッチ氏が「トレンドに合わせて投資し続ける」と語る通り、IRは一度建設して終わりではありません。
日本の誘致レースに名乗りを上げる企業たちも、軒並み1兆円規模の初期投資をアピールしていますが、本当に重要なのは、開業後に求められる「際限のない追加投資」に耐えられる財務力があるかどうかです。派手な宣伝文句に惑わされてはなりません。
私は、IRの誘致において「完成の瞬間」をゴールと錯覚することこそが最大の罠だと確信しています。華やかな開業特需が過ぎ去った後に待っているのは、世界の競合都市と札束で殴り合う、終わりなき泥沼の競争です。その覚悟が日本にあるのか、いま一度猛省すべきでしょう。
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