2019年秋に発生した台風19号は、長野市穂保地区をはじめとする各地に深刻な浸水被害をもたらしました。この国難とも言える状況に対し、兵庫県三木市の学生らで構成されたボランティアグループが現地へ急行したのです。彼らは大量の災害ごみをリレー方式でトラックへ積み込むなど、泥まみれになりながら懸命な復旧活動を展開しました。SNS上でも「若い力が被災地の希望になっている」「遠方からの支援に頭が下がる」といった、数多くの感動と感謝の声が寄せられています。
この頼もしい活動を支えたのが、兵庫県が2019年10月から新たに開始した災害ボランティアへの補助制度です。5人以上の団体を対象に、交通費や宿泊費として最大20万円を国や自治体が補助する仕組みになっています。グループの代表を務める流通科学大学参与の又吉健二さんは、助成がなければ2回目の活動は難しかったと、その重要性を語ってくれました。県の担当者も、この制度をきっかけにして未来の支援の担い手をじっくり育成したいと、強い期待を寄せています。
今から25年前の1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災では、1年間で延べ約137万人もの市民が全国から神戸の地に駆け付けました。この驚異的な数字こそが、1995年が「ボランティア元年」と呼ばれる由縁です。当時、被災者支援に奔走した「被災地NGO恊働センター」顧問の村井雅清さんによると、参加者の約7割が初心者だったそうです。「なんでもありや」という、とにかく助けたい一心の手探りな精神が、当時の被災地を優しく包み込んでいました。
その後、1998年には特定非営利活動促進法(NPO法)が成立しました。これは、利益を目的とせず社会貢献活動を行う市民団体に法人格を与え、法的な信頼性を高める法律です。これにより様々な団体が社会的に認められ、村井さんは「ボランティアが誰にでもできる普通の活動として社会に浸透した」と、確かな手応えを振り返ります。ボランティアが特別な善意ではなく、日常の選択肢になったことは、日本の福祉や防災において非常に大きな一歩だったと言えるでしょう。
効率化が進む一方で浮き彫りになった新たな課題
時代が進むにつれ、活動のルール整備を求める声が高まりました。2004年の新潟県中越地震では、地域の事情に精通した社会福祉協議会が「災害ボランティアセンター(VC)」を設置したのです。VCはボランティアの受付窓口となり、被災者の困りごと(支援ニーズ)と支援者を適切に結び付ける重要な役割を担いました。これ以降、この効率的な運営方式が定着し、2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、196カ所のVCで約150万人が活動しました。
しかし、東日本大震災ではノウハウを持つ専門的なNPO団体がVCを経由せずに活動したため、現場で情報の混乱が起きるという教訓も残しました。この反省から、行政とNPOがしっかり情報を共有し、被災地へ支援を隙間なく行き渡らせる仕組みの構築が議論されたのです。その結果、2016年には複数の支援団体が連携する組織「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」が誕生し、同年の熊本地震では見事にニーズへ対応しました。
阪神大震災から25年が経過し、ボランティアは確実に組織化され、社会に深く定着しました。しかし、前述の台風19号では深刻な人手不足に陥る被災地も見られました。この現状について、大阪大学の渥美公秀教授は「活動が組織化・体系化されすぎた結果、気軽に参加したいと考える層の足が遠のいているのではないか」と鋭く分析しています。効率を求めるあまり、参加への心理的ハードルが上がってしまっているのだとしたら、本末転倒ではないでしょうか。
災害時には、行政による「公助」だけでなく、自分を守る「自助」、そして地域や市民が助け合う「共助」の連携が不可欠です。渥美教授は、ボランティアの本質は誰でも自由に参加できる、自発的で無償の行動であると指摘します。効率的なシステムを守りつつも、私たちはあの阪神大震災で誰もが夢中で駆け付けた「共助の精神」に、もう一度立ち返るべきです。誰もが排除されず、温かく助け合える社会の再構築が、いま私たちに求められています。
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