阪神淡路大震災から25年。復興住宅の孤独死1000人超が浮き彫りにするコミュニティ崩壊の危機と、南海トラフへ繋ぐべき「孤立を防ぐ」未来への教訓

1995年1月17日の震災から、まもなく四半世紀を迎えようとしています。被災された方々の終の棲家(ついのすみか)として建設された災害復興公営住宅ですが、いまそこにあるリアルな危機に直面しているのをご存じでしょうか。神戸市中央区の臨海部にある「HAT神戸・脇の浜」では、毎週日曜日に住人たちが集まってお茶を片手に語り合う「日曜喫茶」が開催されています。地方から身を寄せた被災者たちが、もう一度ここで温かい人間関係を結び直そうと奮闘を続けているのです。

しかし、こうした心温まる交流の裏側では、非常に深刻な現実が影を落としています。現在、こちらの脇の浜地区にある復興住宅では、実に65歳以上の高齢者が住民の68%を占めるまでに達しました。震災によって自力での住宅再建が経済的に難しかったお年寄りが多く入居したことが背景にあり、歳月の経過とともにさらに街全体が老いていく悪循環に陥っています。SNS上でも「明日は我が身」「ただ家を建てるだけでは本当の復興とは言えない」といった、胸を締め付けられるような切実な声が数多く寄せられている状況です。

かつては、仮設住宅や復興住宅を延べ3万6000戸以上も地道に訪問し、お年寄りの話し相手になってきた市民グループ「週末ボランティア」のような頼もしい存在もありました。しかし、こうした尊い支援活動も担い手の高齢化が原因で、2019年3月に活動休止を余儀なくされています。支え手が不足した結果としてお年寄りが周囲から孤立し、誰にも看取られることなく最期を迎える「孤独死」のリスクが急激に高まってしまうのは当然の帰結だと言えるでしょう。

実際、兵庫県警の調査によると、2018年12月末日までの19年間において、復興住宅での孤独死は1097人という驚くべき数字に達しています。土地に深く根ざしていた震災前のコミュニティ(地域社会での共同体)が一瞬にして失われ、新しい環境で人間関係をうまく築けなかったことが原因だと専門家も指摘します。こうしたコミュニティを維持することの難しさは、被災者の心に癒えない傷を残したまま、現代社会に大きな宿題を突きつけているのです。

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東日本大震災の被災地へ引き継がれる教訓と新たな試み

この阪神の痛ましい教訓は、2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地における街づくりへ確実に生かされようとしています。たとえば岩手県釜石市では、元の地域での繋がりや親族関係を保ったまま一緒に移り住む「グループ入居」という温かい手法が採用されました。また宮城県仙台市では、ひとつの復興住宅における高齢者の割合を原則として最大5割までに制限し、若い世代とシニア世代が共に暮らす「混住(こんじゅう)」を促すことで、コミュニティ全体の高齢化に歯止めをかけようとしています。

こうした官民を挙げた孤立防止策が展開されているものの、2019年10月末日時点での孤独死数は岩手県で46人、宮城県で158人にのぼり、課題はなお山積みです。専門家からは、単に子育て世代を呼び込むだけでなく、地域福祉に精通したNPO職員などの専門人材を復興住宅へ優先的に入居させるべきだという先進的なアイデアも提案されています。居住者同士の自発的な交流や、お互いを助け合う「互助(ごじょ)」の仕組みを、外部のプロが継続的に後押しするシステム作りが今まさに求められているのでしょう。

兵庫県が発表した2019年11月時点のデータによれば、復興住宅の入居者数は2万9593人で、高齢化率は53.7%と過半数を超えています。これは調査を開始した2001年から比較すると13.2ポイントも上昇した数字であり、事態の深刻さを物語っています。私は、行政が提供するハードウェアとしての「住まい」だけでは、人の命は守りきれないと考えます。最も大切なのは、孤独という見えない敵から被災者を守るための、ハートウェアとしての「人の繋がり」をデザインすることではないでしょうか。

国が提示している最新の想定では、これから懸念される南海トラフ巨大地震が発生した場合、最大で約238万棟もの建物が全壊または焼失すると試算されています。大災害が起きた後の社会をどう構築し、人々の暮らしをどのように再建していくのかというテーマは、阪神淡路大震災から四半世紀を迎える今もなお、私たちに課せられた重い宿題のままです。悲劇を繰り返さないために、いま一度一人ひとりがこの問題に目を向けるべきではないでしょうか。

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