トレイルランナー鏑木毅が語る「田舎と都会」の贅沢な二拠点思考!日常の景色を一変させる心の持ち方とは?

世界的なプロトレイルランナーとして知られる鏑木毅さんが、自身のルーツである群馬県桐生市と、現在拠点としている東京の両面から、現代人が抱く「理想の居場所」について深い洞察を綴っています。かつては窮屈に感じていた故郷の景色が、年齢を重ね、視点を変えることで全く別の輝きを放ち始めたというエピソードは、多くの読者の共感を呼ぶでしょう。

2019年11月27日に記されたこの原稿で、鏑木さんは故郷の赤城山麓を「北関東の典型的な農村」と表現されています。20歳まで過ごしたその地では、周囲の目を気にする田舎特有の人間関係に閉塞感を覚え、一刻も早く外の世界へ飛び出したいと切望していたそうです。皮肉にも、当時の猛勉強の原動力は「ここではないどこか」へ行きたいという強い脱出願望だったのかもしれません。

しかし、先日実家付近を走っていた際、鏑木さんはこれまで数千回と通った道で、250年前の洪水の犠牲者を悼む古い石碑を偶然見つけました。この発見を機に、見慣れた田畑や里山の風景が、少年時代とは異なる深い意味を持って迫ってきたといいます。あんなに煩わしかった人間関係さえも、今では素直に受け入れられるようになったという変化に、人生の成熟を感じずにはいられません。

一方で、東京での生活は狭い居住空間や高い物価、そして人混みによる息苦しさとの戦いでもあります。それでも鏑木さんが都会に惹かれるのは、文化やスポーツがもたらす圧倒的な刺激があるからです。ネット社会でも補いきれない「街の熱気」は、実際に住むことでしか得られない特別なエネルギーだといえます。SNS上でも「都会に疲れるからこそ、自然の尊さがわかる」という声が多く寄せられています。

興味深いのは、自然を駆ける「トレイルランニング」という競技の魅力を、鏑木さんがより深く実感したのが、都会へ移り住んでからだという点です。トレイルランニングとは、舗装されていない登山道や森林を走るスポーツですが、都会の喧騒という対極を知ることで、自然の中に身を置くことへの感謝が、以前よりも増して強まったのでしょう。

結局、どこに身を置こうとも一長一短は存在するものです。実家に数日滞在すれば都会の刺激が恋しくなり、都会に居続ければ自然の静寂を求めるようになります。鏑木さんは、その両方の良し悪しを丸ごと受け入れられる場所こそが、自分にとっての「ついのすみか」になると結んでいます。私たちも、今の環境に不満を感じる時は、少しだけ走る速度を落として視点を変えてみたいものですね。

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