阪神淡路大震災から25年。震災を知らない世代の24歳女性教諭が紡ぐ「兄の命」と紡がれる希望の歌

悲しみから立ち上がり、美しい復興を遂げた街が1年で最も祈りに包まれる日がやってきました。2020年01月17日、6434人もの尊い命が失われた阪神淡路大震災から、四半世紀となる25年の節目を迎えたのです。兵庫県内の各地では、亡くなった方々へ哀悼の意を捧げる震災特有のイベントが執筆時点で行われており、追悼の灯籠に火をともす親子の姿も見られます。

時の流れとともに震災の記憶の風化が懸念される中、SNS上では「決して忘れてはいけない」「震災を知らない世代へどう語り継ぐべきか」という切実な声が溢れています。激動の時代を経て、いまや街は一見すると何事もなかったかのように綺麗になりましたが、人々の心にある傷が消えることはありません。当事者の高齢化が進む現代、次の世代へのバトンタッチが急務となっています。

そんな中、2020年01月17日の午前、芦屋市立岩園小学校の体育館には、小学2年生の児童たちによる希望に満ちた歌声が響き渡りました。子どもたちが歌うのは、神戸発祥の復興のシンボル曲「しあわせ運べるように」です。この曲を優しく見守る担任の高光愛恵教諭は24歳で、実は震災の翌年である1996年に生まれた、震災を直接は経験していない世代の1人なのです。

高光さんは2019年12月下旬の歌の練習時、子どもたちに「犠牲者の中には、先生のお兄ちゃんがいます」と、自身の家族の過去を初めて打ち明けました。1995年のあの日、芦屋市内のアパートが倒壊し、当時2歳だった兄は帰らぬ人となったのです。会ったことのない兄ですが、家族で誕生日を祝い続ける大切な存在であり、だからこそ「明日が来るありがたさ」を教え子に伝えたかったと言います。

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経験していないからこそ、私が語り継ぐという決意

自身が体験していない災害を語る難しさに、高光さんもかつては葛藤を抱えていました。しかし、2019年08月に東日本大震災の被災地である宮城県の小学校を訪れた際、現地の校長から「経験していないから伝えないのは逃げ。聞いた話を誰かに話して」と言われたことで、震災後に生まれた世代としての使命を確信したそうです。

この前年の2019年01月17日にも、彼女は別の小学校で兄の悲劇を涙ながらに語っていました。その想いはしっかりと子どもたちに届き、保護者からも感謝の言葉が相次いだそうです。私は、こうした「震災を知らない世代が、語り部として命の重みを繋いでいく行動」こそが、これからの防災教育、ひいては未来の命を救う最大の鍵になると確信しています。

災害大国と呼ばれる日本において、過去の教訓を風化させないための取り組みは、私たち全員が当事者意識を持つべき重要な課題です。震災で亡くなった多くの幼い命の存在を胸に、命の大切さを学び、自分や周りの人を愛すること。25年という歳月が流れたいま、若い教諭が自らの言葉で紡ぐ命の授業は、子どもたちの心にしっかりと根を張り、未来へ歩む道標となるでしょう。

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