日本を代表するバイオテクノロジー企業、タカラバイオの社長を務める仲尾功一氏が、そのキャリアを決定づけた恩師との出会いについて綴っています。仲尾氏は元々、京都の酒どころ伏見の出身ということもあり、将来的には酒造業に携わりたいと考えていたそうです。しかし、その進路を大きく変えるきっかけとなったのが、大学時代に出会った京都大学農学部の佐々木隆造先生でいらっしゃいました。
その運命的な出会いは、今から40年近く前となる1983年秋ごろのことでした。当時、大学3回生だった仲尾氏が研究室を選ぶための説明会に参加された際、佐々木先生はひときわ異彩を放っておられたと回顧されています。先生が熱弁を振るわれていたのは、体内で赤血球の生成に欠かせない造血ホルモンに関する研究です。これは、赤血球などの血液細胞を作り出すプロセスをコントロールする内分泌物質のことで、医療分野では非常に重要なテーマといえるでしょう。
当時の農学部では、発酵研究が主流であったため、最先端の医療につながる造血ホルモンの研究は非常にユニークで、異質なものに映ったに違いありません。仲尾氏は思わず「なぜ農学部でこのような研究をされているのですか?」と尋ねたそうです。その時の詳しいやり取りは忘れてしまったそうですが、その質問がきっかけとなり、気がつけば仲尾氏は佐々木先生の研究室の一員として、寝る間も惜しんで細胞と向き合う日々を送ることになりました。
佐々木先生は、常にユニークさ、つまり他の研究者が着手していない独創的なテーマや新しい切り口を追求する研究者だったといいます。その造血ホルモンの研究も、当時は農学部という枠を超えた最先端の医療に直結する非常に革新的なものでした。既成概念にとらわれず、常に新しい可能性を追い求める師の姿勢が、若き日の仲尾氏の心に深く響いたのでしょう。この異色の組み合わせこそが、後のタカラバイオの発展の原点の一つになったと私は確信しています。
先生は、他人を褒めることはめったになかったようですが、仲尾氏が実験に成功した際には、「あんたのそれ、おもろいなぁ」という一言をかけてくださったそうです。この「おもろい」という関西特有の表現には、単なる成功を称える以上に、「そこに新しい発見や斬新なアイデアがある」という、先生の喜びと期待が込められていたに違いありません。この言葉が、企業人となってタカラバイオで遺伝子治療のプロジェクトに打ち込む仲尾氏にとって、何よりの励みになったと語られています。
先生の情熱と独創性、そしてその「おもろい」という言葉は、仲尾氏の研究者、そして経営者としての魂に火をつけ、その後のタカラバイオの成長の大きな原動力となりました。仲尾氏が携わった遺伝子治療は、病気の原因となる遺伝子を正常なものに置き換えたり、特定の機能を担う遺伝子を細胞に導入したりすることで、疾患の治療を目指す最先端の医療技術です。現在、このプロジェクトは、タカラバイオの事業を支える重要な柱の一つにまで成長を遂げているのです。
このタカラバイオ社長と恩師との心温まるエピソードは、SNSでも大きな反響を呼んでいます。「『おもろいなぁ』という一言が、人生を変えるほどの重みを持つなんて素敵だ」「研究者にとって、師から認められる喜びは計り知れないだろう」といった、師弟の絆の深さに感動する声が多く見受けられました。また、「伝統的な農学の分野から、医療最前線のバイオへと飛び込む先生の先見の明がすごい」「タカラバイオの革新性は、このユニークな研究の精神から受け継がれているのだろう」など、佐々木先生の卓越した研究者としての姿勢を称賛するコメントも目立っております。
あれから30年以上の歳月が流れ、多忙を極める仲尾社長は、佐々木先生と頻繁にはお会いできていないとのことですが、「次回はもっと**『おもろい』プロジェクトを手土産にしたい」と締めくくられています。この言葉には、恩師の「ユニークさ」を追求する精神を受け継ぎ、さらなる革新的な事業を創出したいという、タカラバイオ社長としての強い決意と、師への敬愛の念が込められていると感じられます。この「おもろい」研究魂**こそが、日本のバイオテクノロジーの未来を切り拓く力となることでしょう。
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