今、プログラミングの世界で「Python(パイソン)」の人気がうなぎ登りです。しかしながら、その適用範囲は現状では限定的であるというのが実情です。なぜ多くの企業がパイソンを選び、そしてどのような領域で真価を発揮しているのでしょうか。今回は、メガネの「JINS(ジンズ)」を運営するジンズ社と、大手タイヤメーカーのブリヂストン社という、異業種の具体的な活用事例を通じて、パイソンの「使いどころ」を徹底的に深掘りします。
パイソンが急激に支持を拡大している最大の理由は、その強力な特徴にあります。一つ目は「人工知能(AI)を使ったソフトウェア開発に非常に優れている」という点です。そして二つ目は「データ分析において非常に豊富なライブラリーを利用できる」という強みを持っています。ジンズ社とブリヂストン社は、それぞれ重視するポイントは異なるものの、基本的にこの二大特徴を高く評価し、パイソンを導入したのです。
一方で、パイソンは一般的に「実行速度が遅い」という弱点が指摘されています。また、急速な利用拡大が始まってからの期間がまだ浅いため、採用企業はパイソンの長所と短所を見極め、「適材適所」、つまり最も威力を発揮する用途で戦略的に使うというアプローチが一般的になっています。この賢明な使い分けこそが、成功の鍵を握ると言えるでしょう。
AIで顧客体験を革新!JINSの「ジンズ・ブレイン」開発秘話
2019年1月、JR上野駅構内にオープンした「JINS BRAIN Lab.(ジンズ・ブレイン・ラボ)エキュート上野店」は、話題を呼びました。ここでは、メガネフレームが顔に似合っているかどうかをAIが判定してくれる「鏡」が設置されています。この斬新なシステムの中核を担うのが、パイソンで開発されたシステムなのです。
メガネの「似合い度」を判定するのは、ジンズ社が独自開発したAI、「ジンズ・ブレイン」です。2016年11月にリリースされて以来、改良が重ねられています。元々は、オンラインショップでメガネフレームのリコメンド(お薦め)機能を提供するために開発されたものです。オンラインショップでは、利用者の顔写真にフレームを重ね合わせる仮想試着サービスが提供されていますが、この際にジンズ・ブレインが似合い度を示し、フレーム選びの強力なヒントを提供してくれるのです。
ジンズ・ブレインの開発にパイソンが採用された決定的な理由は、画像から似合い度を推定するAIモデルを構築するにあたり、米グーグルが開発・公開している深層学習ライブラリー「TensorFlow(テンソルフロー)」を利用するためでした。同社のIT経営改革室ITガバナンス室の佐藤拓磨氏によると、テンソルフローを操作するプログラミング言語の中で、パイソンが最も実績とノウハウが豊富である点が決め手となったといいます。また、テンソルフローは複数の言語に対応していますが、安定的な動作が約束されているのはパイソンだけであるという事実も、採用を後押しした大きな要因です。
当初、パイソン採用には社内でためらいもあったと佐藤氏は語っています。同社の消費者向けサービスは「Ruby(ルビー)」で開発されており、パイソンの利用実績はゼロでした。さらに、ジンズ・ブレインの開発が始まった2015年当時、パイソンを利用できるエンジニアの数が今よりも格段に少なかったのです。「体感として今の10分の1くらいで、システムを作っても保守ができないのではないかという不安がありました」と、当時の苦労を明かされています。
それでも、ジンズ・ブレインの開発はテクノロジー主導の「挑戦的な取り組み」として位置づけられていました。経営層も「もし駄目でもやめればいい」と全面的に後押しし、前例のないパイソンでの開発が決行されました。現在では当初の不安は完全に解消され、AI開発にはパイソンを使用するという方針が同社内で確固たるものになっているといいます。現在、利用領域は拡大し、AIとは直接関係のないスマホアプリのバックエンド処理の一部にもパイソンが使われるようになりました。ただし、利用は消費者向けシステムに限定されており、高いサービスレベルや長期保守が求められる社内向け業務システムでの利用は、現時点では計画されていないということです。
IoTとビッグデータ分析に活きる!ブリヂストンの高速試行錯誤戦略
一方、ブリヂストン社では、IoT(アイオーティー)システムの開発と、そこから得られるビッグデータの分析にパイソンが使われています。IoTとは、あらゆるモノがインターネットに接続される技術や仕組みのことです。同社が開発しているタイヤのセンサー技術がその代表例です。タイヤの内側に貼り付けられた加速度センサーからデータを取得し、それを基に路面状態やタイヤの摩耗、さらには空気圧までを推定しています。
同社のデジタルソリューション本部ソリューションIoT開発部IoTセンシング技術開発ユニットの西山健太氏は、「センサーからは極めて大量のデータを取得できます。そのデータの中から特徴量、すなわち特定の状況と関連があると考えられるデータを探るために、パイソンを使ってデータ分析を行っています」と説明されています。例えば、路面が凍結している場合、通常時とはタイヤの変形具合が異なり、それが加速度センサーのデータにも明確に反映されるということです。
データ分析や機械学習のプロジェクトでは、試行錯誤が必須となります。ブリヂストンでは、たった一つのデータ分析やソフト開発のために、100個ものアルゴリズムを試すことも珍しくないといいます。ここでパイソンの強みである「豊富なライブラリー」が本領を発揮します。ライブラリーを活用することで、試行錯誤のサイクルを高速で回すことができるのです。パイソンで利用できるデータ分析用のライブラリーは非常に豊富であり、最新の研究論文で発表された新しいアルゴリズムも、すぐに実装される傾向にあります。この「速さ」が、試行錯誤を通じて**「正解」にたどり着くまでのスピードを劇的に加速させる効果を生み出しているのです。
しかし、ブリヂストン社もまた、パイソンの利用をデータ分析と機械学習の領域に限定しています。ウェブやスマートデバイスといった、ユーザー側のフロントエンド(利用者が直接触れる部分)の開発には、使い慣れた「C#(シーシャープ)」を採用しているのです。(米マイクロソフト社の)「.NET Framework(ドットネットフレームワーク)」を駆使し、ユーザー体験(UX)の向上を目指した開発を進めていると、三枝幸夫フェローは述べています。このように、両社ともプログラミング言語の「得意領域」に応じて、賢明な使い分け**を行っていることが分かります。
パイソンの真価は「AIとデータ分析」!編集者からの考察
今回の事例から見えてくるのは、パイソンが単なるブームで終わらず、企業の競争力の源泉となり始めているという事実です。特に、ジンズ社がエンジニア不足の懸念を乗り越え、経営層の後押しで挑戦的なAIプロジェクトに踏み切ったエピソードは、テクノロジーの未来に対する強い信念を感じさせます。
パイソンは「実行速度が遅い」という弱点を抱えながらも、開発の容易さやライブラリーの圧倒的な充実度というメリットが、AI開発やデータサイエンスという分野において、その弱点を上回る価値を生み出しているのです。ブリヂストン社の事例が示すように、大量データからの価値抽出という最先端の課題解決において、「高速な試行錯誤」を可能にするパイソンは、もはや必要不可欠なツールと言えるでしょう。
企業がパイソンのメリットを最大限に享受するためには、今回ご紹介した事例のように、基幹システムやユーザーインターフェースなどのフロントエンドでは、従来の得意な言語を使うなど、適材適所の「ハイブリッド戦略」が求められているのです。今後も、AIとデータ活用の波がさらに加速するにつれて、パイソンはプログラミング言語の主役の一角として、その存在感を増していくことは間違いありません。
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