警察が当初は病死や自殺と判断したものの、その後に実は殺人事件などの被害者だったと判明する「犯罪死の見逃し」が、劇的に減少していることが分かりました。警察庁がまとめた最新の統計によると、2011年から2019年までの9年間で確認された見逃しはわずか11件に留まっています。かつて多くの人々を震撼させた未解決の恐怖が、水際で食い止められつつある現状が浮き彫りになりました。
この劇的な変化に対して、SNS上では「科学捜査の進歩は素晴らしい」「見逃しが減ることで、報われない被害者が救われる」といった安堵の声が多数寄せられています。しかしその一方で、「過去のずさんな捜査のせいで、凶悪犯が野放しになっていたと思うとゾッとする」という、かつての警察の対応に対する厳しい意見や不安の声も根強く、世間の関心の高さがうかがえます。
過去のデータを紐解くと、1998年から2010年までの13年間には、実に43件もの見逃しが発生していました。この中には、2006年に発覚した秋田の連続児童殺害事件や、2007年の大相撲時津風部屋における力士暴行死事件などが含まれています。当時は遺体を解剖せずに判断を下すケースが相次ぎ、重大な事件が闇に葬られかけた歴史が存在するのです。
事態を重く見た警察庁は、有識者研究会を設置して制度の改善に乗り出しました。その結果、2012年には「死因・身元調査法」が成立することになります。これは、警察署長の判断によって、遺族の承諾が得られない場合でも解剖を実施できるようにする画期的な法律です。この新制度の導入こそが、見逃しを急減させた最大の要因であると見て間違いありません。
ここで言う「解剖」とは、死因を医学的に突き止めるために遺体を解剖する「行政解剖」や「承諾解剖」に近い位置づけのものを指します。専門的な医学の視点を迅速に取り入れることで、主観に頼らない客観的な判断が可能となりました。法制度の整備が、これまで見過ごされてきた微細な犯罪のサインを見逃さないための強力な武器へと進化を遂げたのです。
しかし、近年の11件のうち5件は、世間を騒がせた近畿連続青酸殺人事件でした。カプセル入りの青酸化合物が使用されたため、当時は見抜けなかったという背景があります。これを受けて警察庁は、2016年度から全国の警察に「毒物検査キット」を配備しました。簡易的に薬物の有無をスクリーニング(ふるい分け)する技術が、現場の捜査力を底上げしています。
一方で、悲観すべき問題も残されています。残る6件の中には、周囲への聞き込みすら怠ったずさんな捜査により、事故死として片付けられていた事例がありました。2005年に沖縄県警が事故と処理した遺体は、2013年になって尼崎連続変死事件の被害者だと判明したのです。こうした組織の怠慢による見逃しは、新たな連続犯罪を生む引き金になりかねません。
私は、今回の統計結果を単なる「治安の向上」として手放しに喜ぶべきではないと考えます。キットの導入や法整備といったシステム面の強化は素晴らしい歩みですが、それを扱うのは結局のところ現場の捜査員です。どれほど高度な技術があっても、1件の怠慢が次の犠牲者を生むという危機感を、警察組織は常に抱き続けなければなりません。
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