2019年7月1日、熊本県合志市にある旧菊池医療刑務支所の解体工事がついに始まりました。国内で唯一、ハンセン病患者専用の刑務所として存在したこの施設。朝から投入された重機が、鉄筋コンクリート2階建ての壁やひさしを崩していく轟音は、日本のハンセン病政策における一つの時代が、物理的に幕を閉じようとしている合図のようにも聞こえます。
かつて計117名の受刑者が収容されたこの場所は、単なる刑務所ではありませんでした。病気に対する偏見と差別が根強かった時代、患者を社会から隔離するという政策の、最も過酷な象徴の一つだったのです。建物は週内にもおおむね取り壊される見通しとなっており、長きにわたり歴史の「負の側面」を無言で伝えてきた建造物が、私たちの目の前から姿を消そうとしています。
学び舎へと変わる跡地と、刻まれる石碑
合志市教育委員会によれば、更地となった跡地には、2021年4月に市立の小中一貫校「合志楓の森小学校・同中学校」が開校する予定です。この新しい校名は、隣接する国立療養所「菊池恵楓園」にちなんで名付けられました。未来を担う子供たちが集う場所に生まれ変わるわけですが、同時に校門前には、かつてここに刑務支所があった事実と歴史を記す石碑が設置されるといいます。
今回の解体報道を受け、SNS上では複雑な心境を吐露する人々が多く見受けられます。「歴史の証人である建物がなくなるのは寂しい」「負の遺産こそ残すべきではないか」といった保存を惜しむ声がある一方で、「辛い記憶を消したい人の気持ちも分かる」といった意見もあり、歴史的建造物の保存と刷新の難しさが浮き彫りになっています。
「特別法廷」という過ちを忘れないために
この場所を語る上で避けて通れないのが、「菊池事件」と「特別法廷」の存在です。特別法廷とは、ハンセン病患者を通常の裁判所ではなく、療養所やこの刑務支所内に隔離して裁いた、非公開の審理のことを指します。1953年の開設から1997年の閉鎖までの間、ここでは憲法が保障する「法の下の平等」や「裁判の公開」が著しく制限されていました。
冤罪を訴えながら死刑執行された菊池事件の男性も、こうした環境下で裁かれました。最高裁判所は2016年、特別法廷の設置が差別的であり違法だったと認め、公式に謝罪しています。建物が解体される今だからこそ、私たちは「隔離」という名の下に行われた人権侵害の事実を、より強く心に刻まなければなりません。
私自身、編集者としてこのニュースに接し、物理的な「モノ」が消えゆくことへの焦燥感を禁じ得ません。しかし、建物がなくなったとしても、そこで何が起きたのかという「記憶」まで風化させてはならないのです。新しく建つ学校で学ぶ子供たちが、石碑を通じて過去の過ちを学び、人権の尊さを考える。そうした「知の継承」こそが、これからの私たちに課せられた使命なのではないでしょうか。
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