2019年5月31日、政府の中央防災会議から、南海トラフ地震による最新の被害想定が公表されました。その中で、最も注目すべきは、最大想定死者数が2013年の試算から約3割減少したという点でしょう。具体的な数値は23万1千人。これは、国民のたゆまぬ努力で進められてきた建物の耐震化などの防災対策の成果が反映されたものです。この朗報は、巨大地震に備える私たちにとって、間違いなく大きな希望となるに違いありません。
しかし、手放しで喜べる状況ではないことも理解しておく必要があります。政府はかつて、2014年3月に策定された防災対策推進基本計画において、「死者数を10年間で8割減らす」という野心的な目標を掲げていました。今回の試算では、確かに被害は減少したものの、この高い目標の達成ペースには追いついていないのが現状です。これは、防災・減災対策の「さらなる充実、強化」を求めた安倍晋三首相(当時)の言葉からも、その重要性が伝わってきます。私たちは、この結果を「頑張ったね」で終わらせるのではなく、さらなる対策への警鐘と受け止めるべきでしょう。
建物の被害についても見てみましょう。全壊する建物の棟数は、前回の想定である238万6千棟から209万4千棟へと、5年間で12%の減少となりました。これもまた対策の進展を示す数値ではありますが、「10年間で50%減」という目標にはまだ大きな隔たりがあります。南海トラフ地震は、東海沖から九州沖の海底にある深い溝状の地形(トラフ)に沿って、およそ100~200年間隔で発生する巨大地震です。「東海」「東南海」「南海」の3つの大地震が連動すると、最大でマグニチュード(M)9級にもなり得る、日本最大の脅威の一つです。政府の地震調査委員会は、今後30年以内にM8~9級の大地震が発生する確率を70~80%と予測しており、時間的な猶予は少ないのです。
ここで特筆すべきは、今回の基本計画で初めて**「事前避難」に関する措置が明確に盛り込まれたことです。これは、南海トラフの震源域の半分でM8以上の「半割れ」と呼ばれる大地震が発生し、気象庁から臨時の情報が出された場合、被害を受けていない残りの半分の地域が「1週間の避難態勢」を取るという画期的な仕組みです。この「半割れ」とは、南海トラフ沿いの大地震が、その広大な震源域の半分だけでまず起きるという事象を指します。過去の事例からも、残りの地域でも数日後、あるいは数年後に連動して巨大地震が起きる可能性が指摘されているため、警戒措置として避難を促すことになったわけです。
この事前避難の導入は、私たち市民の安全確保において極めて重要だと考えられます。あらかじめ自治体が指定した地域が1週間の避難対象となるため、市町村には事前の計画策定が求められました。また、自治体の財政的な負担を軽減するため、災害発生後の避難所の開設・運営費用を国が補助する災害救助法の対象に、この事前避難の経費も含めることが明記されました。この措置により、自治体は躊躇なく避難を促すことができるようになるでしょう。防災対策は、住民の理解と協力があってこそ最大限の効果を発揮します。事前に避難場所や行動を確認しておくことが、命を守る鍵となるに違いありません。
また、今回の試算では、人的被害が減った一方で、建物や資産の直接被害額は当初想定の169兆5千億円から171兆6千億円へとわずかに増加しています。これは、近年の建設資材価格の高騰などが影響したとされています。しかし、生産やサービスなどの間接被害額は44兆7千億円から36兆2千億円**に減少しました。この人的被害と間接被害の減少は、防災対策が経済活動の維持にも貢献していることを示唆しています。インフラ事業者や金融機関、交通機関に対しても営業の継続に努めることが義務付けられており、社会全体で災害に立ち向かう姿勢が強く打ち出されたと言えるでしょう。
SNS上では、この「想定死者数3割減」というニュースに対して、「頑張りが報われた」「対策を続けていれば、もっと減らせるはず」といった肯定的な意見とともに、「それでも23万人超えは多すぎる」「地震が起きる前にできることはまだある」と、さらなる対策を求める声が多く見られました。特に「半割れ」発生時の事前避難措置については、「仕組みが分かりにくい」「避難生活の具体的なサポートはどうなるのか」といった、実効性に対する懸念も一部で示されています。これら国民の率直な反応は、政府が今後、対策を推進していく上で、極めて重要なフィードバックとなるでしょう。
私の意見として、今回の政府の試算と基本計画の改定は、評価に値すると考えます。特に「事前避難」という、科学的知見に基づいたタイムリーなリスク低減策を法制度に組み込んだことは、減災への強い意志の表れです。しかし、目標未達という現実は、防災・減災には終わりがないことを示しています。私たちは、地震調査委員会が予測する高い発生確率を常に念頭に置き、個人の備え、地域の連携、そして国の計画が一体となって、最悪の事態を避けるための努力を継続していく必要があるのではないでしょうか。耐震化の推進、津波避難訓練の実施、そして今回明記された事前避難の仕組みへの理解を深めることこそが、未来の私たち自身の命と生活を守る最大の防御策になるはずです。
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