金属加工の聖地として名高い新潟県燕市に、鉄という素材に魂を込める職人集団がいます。1919年に創業したサミット工業は、2019年9月20日現在、高品質な鉄鍋専門メーカーとしてその名を世界に轟かせています。かつては洋食器やプラスチック製品まで幅広く手掛けていましたが、ある決断を境に「鉄一筋」の道を歩み始めました。この潔い方向転換こそが、100年続く老舗の生命線となったのです。
2代目の峯島勝一会長が舵を切ったのは1970年代前半のことでした。当時は手広く商いをするスタイルでしたが、商社からの依頼をきっかけに、あえて「重くて錆びやすい」鉄の世界に飛び込みます。鉄は熱伝導率、つまり熱の伝わりやすさに優れ、油が表面に馴染みやすい性質を持っています。この特性は、食材の旨味を瞬時に閉じ込める炒め物や揚げ物に最適であり、料理のプロが最後に辿り着く素材なのです。
1973年には社名を「サミット工業」へと変更し、鉄製品への完全移行を宣言しました。岩手県の伝統工芸である南部鉄器の製法を学ぶなど、泥臭い試行錯誤を繰り返す日々が続きます。その努力は実を結び、温度計付きの天ぷら鍋がテレビ通販で爆発的なヒットを記録しました。SNS上でも「鉄鍋で揚げるとカラッと仕上がりが違う」「育てる楽しみがある」といった、道具に愛着を持つユーザーからの熱い支持が広がっています。
順風満帆に見えた同社を襲ったのが、2008年のリーマン・ショックです。3代目の健一社長が就任した直後、受注は激減し工場が止まりかねない危機に直面しました。しかし、この苦境が世界進出への引き金となります。2010年からは中国のアリババを通じて海外展開を開始し、言葉の壁を越えるために専門人材を登用しました。結果として、本場中国や米国の外食チェーンで「メイド・イン・ジャパン」の鉄鍋が採用される快挙を成し遂げたのです。
私は、サミット工業の歩みこそが日本の中小企業が進むべき理想の姿だと確信しています。何でも屋から「これだけは負けない」という専門特化へ。この勇気ある絞り込みが、結果としてグローバルな市場を切り拓きました。単なる道具作りではなく、現地の食文化を尊重し、どう鉄鍋が貢献できるかを考え抜く姿勢には頭が下がります。一生モノの道具を求める現代人にとって、彼らの鉄鍋は最高のパートナーになるでしょう。
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