【早明戦の伝説】TBS社長・佐々木卓氏が語る「不屈のラグビー精神」と福島・岳温泉での再会

1981年の冬、大学ラグビー界の歴史に深く刻まれる一戦がありました。それが、伝統の「早明戦」です。当時、圧倒的な実力を誇り、下馬評でも有利とされていた明治大学に対し、早稲田大学は苦境に立たされていました。しかし、その劣勢を跳ね返し、勝利を掴み取った立役者の一人が、フランカーを務めた渡邊隆さんでした。

当時、スクラムハーフとして共にピッチに立っていたTBSテレビ社長の佐々木卓さんは、渡邊さんの言葉を今も鮮明に覚えています。「世界中の誰もが、僕らの勝利を信じていない。それでも自分たちだけは信じ抜こう」。この鼓舞する一言が、チームの魂に火をつけたのです。逆境を跳ね返す強い意志は、時を超えて多くの人々に勇気を与え続けています。

ここでラグビーのポジションについて少し解説しましょう。「フランカー」とは、スクラムの両サイドに位置し、攻守において縦横無尽に走り回る、いわば「仕事人」の役割を担います。また「スクラムハーフ」は、密集からボールを素早く引き出し、攻撃の起点となる司令塔です。佐々木さんと渡邊さんの連携は、まさに信頼の絆で結ばれていました。

渡邊さんのラグビー人生は、異色の経歴から始まりました。中学時代は相撲部に所属していた彼は、その恵まれた体格から「ドス」という愛称で親しまれます。大学から競技を始めたため、入部当初は裸足でスパイクを履き、ルールも未熟な状態でした。それでも、当時の大西鐵之祐監督は、彼の内に秘めた凄まじい闘争心を見抜いていたのでしょう。

未経験から一軍に大抜擢された渡邊さんは、試合で相手の主力選手へと愚直にタックルを繰り返しました。その献身的なプレーこそが、劇的な勝利を引き寄せる原動力となったのです。SNS上でも「泥臭く戦う姿こそラグビーの醍醐味」「昔の早明戦にはドラマがあった」といった、当時の熱狂を懐かしむ声が数多く寄せられています。

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グラウンドから経営の舞台へ!福島・岳温泉で見せる「豪放磊落」な情熱

大学卒業後、渡邊さんは故郷である福島県二本松市に戻り、経営者としての才能を開花させます。岳温泉にてホテル業をスタートさせると、あだたら高原の豊かな自然を活かした「空の庭リゾート」を展開しました。近隣ホテルの買収を成功させるなど、ラグビーで培った攻めの姿勢は、ビジネスの現場でも遺憾なく発揮されています。

佐々木さんは、毎年5月の大型連休になると、この福島にある友人のもとを訪ねるのが恒例となっています。2019年12月13日の執筆時点においても、その絆は揺るぎません。深夜まで地元の日本酒を酌み交わし、新緑に囲まれながら過ごす時間は、多忙を極めるメディアのトップにとって、何物にも代えがたい癒やしのひとときなのでしょう。

私は、こうした「一生モノの友情」こそが、スポーツがもたらす最大の財産であると考えます。グラウンドで死力を尽くし合った仲間は、社会に出ても互いを高め合える存在です。渡邊さんのように、一つのことに命を懸けた経験がある人は、形を変えても必ず地域や業界を牽引するリーダーとして輝きを放つのではないでしょうか。

ラグビーからホテル経営へ、フィールドは変われど、渡邊さんの「勝利を信じる心」はあだたら高原の空の下で今も脈々と息づいています。佐々木さんが語るこの交遊抄は、単なる思い出話に留まりません。それは、目の前の困難に立ち向かうすべての人に向けた、力強いエールとなっているように感じられてなりません。

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