日本各地で今、歴史のロマンを象徴するお城の「天守」を、伝統的な木造で蘇らせようという熱い構想が相次いで浮上しています。かつて太平洋戦争などで失われた美しい姿をもう一度見たいという願いは、多くの歴史ファンをワクワクさせているようです。
しかし、この壮大な夢の前には、資金の確保や当時の正確な史料の不足といった非常に高いハードルが立ち塞がっています。「観光の目玉にしたい」と意気込む地元自治体と、「貴重な遺産を守るべきだ」と主張する学術界との間で、意見の対立が目立つケースも増えています。
こうした状況を受け、文化財の司令塔である文化庁も、復元に向けた明確な新基準を作るための検討を本格的に始めました。SNS上でも「本物の木造城が見たい」という期待の声がある一方で、「税金の使い道としてどうなのか」「石垣を壊しては本末転倒」といった慎重な意見が飛び交い、議論が白熱しています。
名城・名古屋城が直面する「史実」という想定外のブレーキ
特に注目を集めているのが名古屋城です。江戸時代初期に完成したオリジナルは、城郭として初めて旧国宝に指定されたほどの名城でした。戦後にコンクリートで再建された現在の天守も、金のしゃちほこが輝く観光地として、国内外から年間200万人を超える人々を引きつけています。
そこに河村たかし市長が木造復元の旗を振り、2015年に総事業費およそ500億円という巨大プロジェクトが始動しました。名古屋城には昭和初期の正確な図面や写真が豊富にあるため、市は「史実通りの復元」を大々的にアピールして計画を進める予定でした。
ところが、その「史実」へのこだわりが皮肉にも計画を足止めします。国特別史跡である名古屋城に手を加えるには文化庁の許可が必須ですが、2019年4月に市が申請した現天守の解体に対して、有識者から「江戸時代の石垣を守る対策が不十分」と厳しいノーが突きつけられたのです。
文化庁からの不許可を受け、市は目標としていた2022年末の完成を断念せざるを得なくなりました。すでに20億円以上を投じて最高級の木材を調達してしまっているため、今後はその保管費用などによるコストの膨張が大きな懸念材料となっています。
江戸城や駿府城も足踏み、なぜ復元はこれほど難しいのか
同じような苦悩は、徳川家ゆかりの江戸城(東京都)や駿府城(静岡市)でも起きています。2004年に発足した民間団体などが江戸城天守の再建を目指していますが、天守台があるのは皇居の内部です。国家の象徴とも言える場所での大規模工事は、警備や手続きの面で極めて高い壁があります。
さらに江戸城のような5層6階の巨大な天守ともなれば、必要となる資金は天文学的な数字になります。それをどうやって集めるのかという現実的な課題の解決策は、まだ見つかっていません。自治体が主導する駿府城でも、2016年からの発掘調査で天守台の劣化が激しいことが判明し、頭を抱えています。
高松城(高松市)にいたっては、調査結果をもとに復元図を文化庁に提出したものの、「当時の構造を証明する史料が足りない」として却下されてしまいました。文化財の復元には、1ミルの妥協も許されないほどの厳密な「学術的根拠(当時の正確な記録)」が求められるのです。
編集部としては、お城の復元は単なる観光施設の建設ではないと考えます。石垣や地下の遺構といった「本物の遺跡」を傷つけてまで新しい建物を建てるのは、文化財保護の観点から賛成できません。今ある本物の歴史を最優先で守りつつ、その上で上部をどう再現するかを丁寧に話し合うべきでしょう。
1泊100万円の衝撃!愛媛県の大洲城に見るこれからの城活用の未来
そんな中、見事に木造復元を成功させた数少ない希望の光が、愛媛県の大洲城です。明治時代に解体されたものの、幸運にも当時の写真や詳細なデータが残っていました。総額16億円をかけて2004年に4層4階の美しい木造天守が完成し、地域の誇りとなっています。
さらに大洲城は、2020年4月から民間企業とタッグを組み、なんと「木造天守に泊まれる城主体験」という前代未聞の宿泊プランを開始します。価格は1日1組限定で1泊100万円です。法律上の文化財ではなく、建築としての安全基準をクリアしているからこそ可能になった画期的な試みです。
この大胆な取り組みは、年間わずか1000人ほどにとどまっていた大洲市の外国人宿泊客を一気に呼び込む起爆剤として期待されています。厳しいルールを守りながらも、完成した木造建築を最先端の観光ビジネスとして活用するこのモデルは、足踏みを続ける他都市の大きなヒントになるに違いありません。
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