2019年6月4日、オーストラリア準備銀行(RBA:中央銀行)は、政策金利を0.25%引き下げ、過去最低水準となる1.25%とすることを決定いたしました。これは、2016年8月以来、実に2年10ヶ月ぶりとなる金融緩和策であり、景気減速への警戒感が非常に高まっていることを示しています。経済が世界最長の拡大を続けてきたオーストラリアですが、足元では様々な逆風に直面しており、今回の利下げは経済の下支えを狙ったものと言えるでしょう。
フィリップ・ロウ総裁は声明のなかで、「家計消費の見通しの弱さ」が豪州経済にとって大きなリスクであると指摘しました。背景には、所得の伸びの鈍化と、住宅価格の下落が挙げられています。中央銀行としては、この利下げを通じて「失業率の低下を促進し、インフレ目標の達成につながる」ことを期待していると表明されています。
この決定に対し、市場ではさらなる金融緩和への期待が高まっています。たとえばウエストパック銀行のチーフエコノミストであるビル・エバンス氏は、雇用促進のために「8月と11月にも利下げがあり、金利は0.75%まで下がるだろう」との見方を示しています。この予想は、オーストラリア経済が現在、非常に重要な局面に差し掛かっていることを示唆しているのではないでしょうか。
オーストラリア経済は、景気後退の一般的な定義である「2四半期連続のマイナス成長」を経験しない期間が2018年10月から12月期で110四半期に達し、世界記録を更新し続けてきました。しかし、この歴史的な拡大の裏側で、特に住宅市場には大きな変調が見られます。高級住宅が立ち並ぶシドニー東部では、「売り出し中」の看板が目につくようになっていると、地元不動産業者のニック・パパス氏も語っており、約2年前から価格が下がり始めたとのことです。
歴史的な低金利によって2013年ごろから上昇を続けていた住宅価格は、金融機関が住宅ローン審査を厳格化した影響を受け、2018年に下落へ転じてしまいました。豪統計局の発表によると、最大都市シドニーの2018年10月から12月期の住宅価格指数は、前年同期比で7.8%という大幅な低下を記録しているのです。
過去の利下げで住宅購入意欲が刺激された結果、家計債務が膨らみすぎたことも現在の景気減速の大きな要因です。国際決済銀行(BIS)のデータによれば、オーストラリアの家計債務の国内総生産(GDP)比率は2017年に121%に達しており、日本(57.2%)や米国(77.8%)を大きく上回る極めて高い水準となっています。この巨額な債務があるなかでの住宅価格の下落は、資産価値の目減りが消費を冷え込ませる「逆資産効果」となって、経済全体に重くのしかかっているようです。
実際に、GDPの約6割を占める家計消費は冷え込んでおり、2019年1月から3月期の小売売上高(季節調整済み)は、2018年10月から12月期と比べて0.1%減少いたしました。さらに懸念すべきは失業率の上昇です。2月の4.9%から4月には5.2%まで悪化しており、雇用情勢の不安定さも消費者の財布のひもを固くしている要因になっているでしょう。
私は、オーストラリア中銀の今回の利下げは、極めて妥当かつ重要な判断であったと考えます。歴史的な経済拡大の記録に固執するよりも、住宅市場の調整と家計債務の重圧という内なるリスクに、先手を打って対応することが肝要です。特に「逆資産効果」による消費の冷え込みは、経済の基盤を揺るがしかねないため、金融緩和によるテコ入れは必要不可欠でしょう。
世界経済の不確実性と資源国としてのオーストラリア
オーストラリア経済の足かせとなっているのは、国内要因だけではありません。輸出の約3割が中国向けであるため、最大の貿易相手国である中国の景気減速への不安も根強く残っています。ロウ総裁は、米国との「貿易摩擦で、世界経済の下押しリスクが増している」と警鐘を鳴らしました。
この世界的な貿易摩擦の直撃を受ける可能性が高いのが、オーストラリア最大の輸出品目である鉄鉱石です。現在のオーストラリア産鉄鉱石の価格は1トンあたり100ドル前後と、約5年ぶりの高値圏にありますが、調査会社モーニングスターのマシュー・ホッジ氏は「労働人口の減少などが将来的に中国の鉄鉱石需要を落ち込ませる」との懸念を表明しています。ホッジ氏の予測では、鉄鉱石価格は2020年には65ドル、2022年には40ドルまで下落する可能性もあるとされており、資源国であるオーストラリアの将来に暗い影を落としています。
SNS上でも、この利下げと景気懸念のニュースは大きな反響を呼んでいます。「いよいよオーストラリアも景気後退入りか?」「世界最長記録もこれで終わりかな」といった不安の声や、「住宅ローンを抱えているから助かるが、先行きの不透明感は拭えない」といった複雑なコメントが多く見受けられました。国民の間でも、今回の措置が単なる一時的な景気刺激策に終わらないか、そして中国経済の影響をどこまで受け止めることになるのか、冷静に見極めようとする姿勢がうかがえるでしょう。
オーストラリア経済は、内憂外患の状況にあり、今回の利下げは景気の「軟着陸」を図るための第一歩だと解釈できます。政府と中央銀行が、過熱した住宅市場の鎮静化と、対外貿易の多角化を進めるための構造改革を並行して推進していくことが、今後の持続的な成長には不可欠だと私は強く感じています。金利が過去最低を更新した今、オーストラリア経済は、世界中からその動向が注目される重要な岐路に立たされていると言えるでしょう。
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