2019年6月3日、日本経済新聞社が主催する「日経産業新聞プレミアムゼミナール」に、トヨタ自動車の子会社で自動運転技術を開発するトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD、トライアド)のジェームス・カフナー代表取締役最高経営責任者(CEO)が登壇されました。カフナーCEOは、講演の中で「自動運転は都市計画そのものを刷新することにつながる」と力強く強調されており、その発言は未来の社会像に大きな期待を抱かせるものでした。
自動運転技術が世界的に注目を集める背景には、二つの大きな要因があるとのことです。一つは、AI(人工知能)と、その中でも特に大量のデータから特徴を抽出する技術である深層学習(ディープラーニング)の進化が著しいことです。そして二つ目は、多くの企業が自動運転技術を活用したMaaS(マース、Mobility as a Service)、すなわち「次世代移動サービス」が秘める計り知れない可能性に気づき始めた点でしょう。MaaSは、電車やバス、タクシーなどの多様な移動手段を一つのサービスとして提供するもので、未来の移動の形を根本から変える概念として、私も大変注目しております。
米ウェイモなどの競合他社と比較した際のTRI-ADの強みとして、カフナーCEOは、親会社であるトヨタが年間1,000万台もの自動車を販売しており、そこから大量のデータを集めやすい点を挙げています。この豊富なデータこそが、テクノロジーのさらなる進歩を支える根幹となるでしょう。また、自動運転の実現には「優れたハードウエアとソフトウエアの両方が必要」とし、80年以上にわたる自動車造りで培われたトヨタのハードウエアにおける信頼性と、TRI-ADが提供する高品質なソフトウエアの融合こそが、他社にはないローコストかつ競争力のあるブランドを生み出すとしています。
TRI-ADのアプローチで特徴的なのは、「ショーファー」と「ガーディアン」という二つの自動運転に関する考え方を持っている点です。「ショーファー」は、クルマに搭載されたCPU(中央演算処理装置)が、文字通り運転士のように人間の代わりに運転操作をすべて担う、完全自動運転に近いものです。これはMaaS向けだけでなく、一般の消費者向け車両にも応用が期待されます。一方の「ガーディアン」は、各種センサーなどで周囲の状況やドライバーの運転を観察し、ドライバーと周囲の車両、歩行者を守る運転支援技術です。この二本柱で、安全性を高めながら自動運転の普及を推し進めていく戦略がうかがえます。
自動運転のソフトウエア開発を、デンソーやアイシン精機といった部品メーカーと共同開発する理由については、ソフトウエアの開発がコンポーネント(部品)と密接に連携する必要があるからだと説明されています。特に、カメラやECU(電子制御ユニット)といったハードウエアに高度なアルゴリズムを組み込むには、顔を合わせた直接のコミュニケーションが不可欠であり、これが開発スピードの向上にもつながるという見解です。開発の難しさとしては、カメラやセンサーで現状を把握するだけでなく、周囲のドライバーや歩行者がどう動くかを予測する「モーションプランニング」が特に困難であると述べられています。国や地域によって人々の行動様式は異なるため、多様性のある現実世界に対応できるよう、技術をスケール(拡張)させることが重要になってくるでしょう。
さらに、ソフトウエアを「バグフリー(欠陥ゼロ)」にすることへの挑戦も、非常に大きな課題だとのことです。システムの負荷テストや正確性の検証には、マシンラーニング(機械学習)を用いたシミュレーションが欠かせず、開発の努力の90%はバグフリーの実現に費やされているという事実は、自動運転における安全性確保の難しさと重要性を物語っています。私は、この安全への徹底したコミットメントこそが、人々の生活を変える技術には必要不可欠だと感じています。
自動運転に必要な要素として、カフナーCEOは、単に大量のデータではなく、「多様な種類のデータ」が求められていると強調されており、データが「新しい原油」だとする一般的な見解に一石を投じています。天候、地形、道路状況など、様々な状況を想定したシミュレーションと検証が必要であり、深層学習をもとに3Dモデルで必要なデータを作成することで、何十億マイルものテストが可能になるとの見通しです。この発言は、単なる量の勝負ではなく、質と多様性が技術のブレークスルーを生むことを示唆しており、非常に興味深いです。
自動運転の商業的な普及の時期については、人間が運転に全く関与しない「レベル5」の実現はまだ先になるという見解が示されました。一方で、特定の場所など条件付きで運転手が不要になる「レベル4」はすでに実用化されているものもあります。2020年に投入される自動運転車は、ハンドル操作や加速・減速といった操作を支援する「レベル2」となる可能性が高いものの、OTA(オーバー・ジ・エア)、つまり無線でのソフトウエア更新によるアップデートも考慮されているとのことです。また、走行ルートが限定されるMaaS車両と、一般客向け車両を分けて考えるべきだとしており、来年投入予定とされる自動運転車両の多くはMaaS向けかレベル4になるだろうと予測されています。
TRI-ADは、2019年7月には、多くのIT企業が集まる東京の日本橋に新オフィスを開設される予定です。これは当初の想定よりも大きなオフィスとなる見込みであり、優秀な人材や新卒が多く集まるこの都市で、自動運転技術の商業化における「死の谷」を越えるための「橋」を作りたいという熱意が伝わってきます。この「死の谷」とは、研究段階から商用化への移行期に直面する様々な困難やリスクを指す言葉であり、彼らの強い決意を感じられるエピソードです。
自動運転がもたらす最大の変化の一つとして、カフナーCEOは改めて「都市計画のリニューアル」を挙げています。例えば、クルマが自動で移動すれば、ドライバーレスシティーが実現し、駐車場を郊外に移動させることが可能になるでしょう。これにより、都市の空間をより有効に活用できる可能性があります。東京駅からほど近い日本橋に拠点を置くTRI-ADは、ITの巨人と競争できる最新技術を生み出し、交通渋滞や空気汚染を減らすことで、都市部の中心で騒音と汚染を気にせず移動できる未来の実現にコミットしていく、と締めくくられています。私も、この技術が人々の生活の質を向上させ、持続可能な社会を築くための重要な一歩となることを強く期待しています。
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