2019年08月05日、国立大学協会の新たな舵取り役に就任した永田恭介氏(筑波大学長)が、日本の高等教育が抱える「国公立と私立の格差」という非常にデリケートかつ重要な課題について、自身の展望を語りました。現在、私立大学側からは国からの財政支援の差を是正すべきだという声が日増しに強まっており、教育界全体を揺るがす大きな議論へと発展しています。SNS上でも「学費の差が進路を左右しすぎるのは不公平だ」という意見や、「国立の役割はもう終わったのではないか」といった鋭い指摘が飛び交い、多くの国民が高い関心を寄せています。
この問題に対し永田氏は、経済的な側面と学問的な価値観の二つの視点から向き合う必要があると説いています。まず経済面において注目すべきは、政府が推し進める「高等教育無償化(高等教育の修学支援新制度)」の動向でしょう。これは、低所得世帯の学生を対象に授業料の減免や給付型奨学金を支給する画期的な制度です。この政策が本格的に始動することで、これまで経済的理由で国立を選ばざるを得なかった層が私立へ流れるなど、入学者の分布に大きな地殻変動が起きるのか、私たちは固唾をのんで見守る必要があります。
もし無償化によって入学者層が劇的に変化すれば、それは「学費の差」こそが格差の根本原因であったという確かな証拠になります。一方で、支援が手厚くなっても学生の流れが変わらないのであれば、問題の本質は単なるお金の話ではなく、別の場所にあると考えるのが自然でしょう。私は、この無償化政策を単なる経済支援に留めず、各大学が自らの存在価値を証明するための「試金石」として捉えるべきだと考えます。お金の壁が取り払われた時、学生が本当に学びたい場所はどこなのか、その真実が明らかになるはずです。
私立の独自性と国立の使命が織りなす「共存」への道
次に永田氏が提言するのは、学問的見地からのアプローチです。私立大学にはそれぞれ、創設者が掲げた「建学の理念」という独自の魂が宿っており、そのユニークな教育環境こそが日本の多様性を支えています。対して国立大学には、住んでいる地域や家庭環境に左右されず、すべての国民に高度な教育の機会を均等に提供するという、いわば「教育のインフラ」としての公共的なミッションが課されています。これら全く性質の異なる二つのセクターが、どのようにお互いの領域を尊重し、役割を分担していくかが問われています。
私個人の意見としては、国公私立という枠組みを超え、各大学が「誰のために何を教えるのか」という原点に立ち返る時期が来ていると感じます。現状のような限られた予算を奪い合う対立構造ではなく、永田氏が提唱するように、腹を割った議論を通じて「日本の知の底上げ」という共通の目標に向かって手を取り合うべきです。SNSでの「学歴競争より、個性が輝く大学選びがしたい」という若者の切実な願いに応えるためにも、制度の壁を越えた連携と、それぞれの強みを活かした共存共栄の姿こそが、令和の教育界に求められる理想像ではないでしょうか。
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