街中で大きなロゴ入りバッグを背負い、自転車やバイクで颯爽と駆け抜ける配達員。今や日常の風景となったウーバーイーツですが、その裏側で働く人々の権利を守るための大きな地殻変動が始まっています。インターネットを通じて単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」という新しいスタイルが注目される一方で、彼らを支えるセーフティネットの不在が深刻な問題として浮き彫りになりました。自由を享受する代償として、万が一の事故や怪我の際にすべてが自己責任とされる現状に、現場の労働者たちは異議を唱え始めています。
実際に複数のデリバリーサービスを掛け持ちしている尾崎浩二さんは、2019年07月上旬、配達中の転倒により腕を骨折するという不運に見舞われました。ウーバーの案件中ではなかったものの、一度怪我をすれば約2カ月間は無収入となり、高額な治療費もすべて自腹という過酷な現実に直面しています。尾崎さんは特定の会社に雇用される「労働者」ではなく、自営業者である「個人事業主」として扱われているため、仕事中の怪我を補償する労災保険に加入することができないというジレンマを抱えているのです。
ここで「個人事業主」という言葉を整理しておきましょう。これは組織に属さず、独立して仕事を請け負う形態を指し、現在の日本では約170万人がこのスタイルで働いていると推計されています。彼らには労働基準法が定める最低賃金の保証や有給休暇がなく、社会的な保護が極めて薄いのが現状でしょう。こうした不安定な立場を打破しようと、2019年08月01日、配達員たちは労働組合の設立準備会を開催しました。十数名の有志が集まり、事故時の補償制度創設などを求める熱い議論が交わされたのです。
ウーバーイーツの日本法人は、配達員が起こした対人・対物の事故については保険でカバーしていますが、配達員自身の怪我に対する補償は用意していません。企業側からすれば、配達員はあくまで対等なビジネスパートナーという建前なのでしょう。しかし、実態として発注者に強く依存している働き手は多く、一方的な契約変更や報酬の引き下げに抗う術がありません。労働組合を結成することで、企業側に団体交渉に応じる義務を負わせ、対等な対話のテーブルにつくことが期待されていると考えられます。
世界と日本のギャップ、そして立ちはだかる法律の壁
日本における議論が足踏みする一方で、海外ではギグワーカー保護に向けた動きが加速しています。例えばイギリスでは、2018年12月の裁判において、運転手を自営業者と労働者の中間に位置する「就労者」と認定し、最低賃金などを保障する判断が下されました。さらにフランスでは、2016年にプラットフォーマー(サービス基盤を提供する企業)に対し、一定の収入を得る働き手の労災保険料などを負担する責任を課す法律が成立しています。諸外国では、既存の枠組みに囚われない柔軟な法整備が進んでいると言えるでしょう。
一方、日本国内でも厚生労働省の検討会が2019年06月に中間整理を発表しましたが、具体的なルール整備の時期については未だ明示されていません。法整備が遅れている背景には、独占禁止法という意外な壁も存在します。個人事業主が連携して報酬交渉を行うことが、企業間の価格カルテル、つまり不当な価格吊り上げとみなされる恐れがあるのです。労働者の権利を守るための行動が、皮肉にも自由競争を妨げる違法行為と判断されかねないという、非常にデリケートな問題を孕んでいるのが現代の法解釈だと言えます。
SNS上でもこの問題は大きな反響を呼んでおり、「配達員のおかげで便利な生活ができているのだから、最低限の保障は必要だ」という応援の声がある一方で、「嫌なら会社員になればいい」といった厳しい意見も散見されます。しかし、編集部としては、多様な働き方を認める社会を目指すのであれば、その土台となる安全網もまた多様であるべきだと考えます。企業の利益だけを優先し、働く側のリスクを放置するモデルは、長期的に見て持続可能な仕組みとは到底思えません。誰もが安心して挑戦できる環境こそが必要なのです。
権利の保護を求める声がまとまりにくいギグワーカーの世界において、今回の労働組合結成に向けた動きは、まさに歴史的な一歩となるに違いありません。法整備による早期の解決は容易ではないかもしれませんが、働き手自身が声を上げ、社会に問いかけ続けることには大きな価値があります。便利なサービスの裏側にある「働く人の幸福」について、私たち利用者も真剣に考えるべき時期が来ているのではないでしょうか。今後、この新しいコミュニティがどのような成果を勝ち取っていくのか、引き続き注目していきたいと思います。
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