フランス南西部の美しい街ビアリッツで開催されたG7サミットは、日本の経済にとって極めて大きな転換点となりました。2019年8月25日、安倍晋三首相とトランプ米大統領は、異例とも言える1日2回の会談を重ね、日米貿易交渉の基本合意に至ったのです。トランプ大統領の強い希望で急遽セットされた2度目の共同記者会見では、同年9月末の国連総会に合わせた正式署名を目指すという、極めてスピード感のあるスケジュールが示されました。
今回の合意で最も注目すべきは、私たちの食卓に直結する農産品の関税です。特に米国産牛肉にかかる38.5%の関税は、段階的に引き下げられ、2033年4月には9%まで下がることが決まりました。これは「TPP(環太平洋経済連携協定)」と同水準の低さになります。TPPとは、太平洋を囲む国々で貿易の障壁をなくし、自由な経済圏を作るための共通ルールのことですが、米国が離脱した後も、日本は米国に対してその水準を維持する形を選んだことになります。
一方で、今回の交渉にはトランプ大統領の政治的な思惑も強く反映されていると言えるでしょう。2020年の米大統領選で再選を目指す彼にとって、中国との貿易摩擦で苦しむ米国の農家を救うことは至上命題です。そこで浮上したのが、日本企業による米国産飼料用トウモロコシの巨額購入という驚きのプランでした。害虫被害への対策という名目ではありますが、余剰在庫に悩む米国の「助け舟」となることは間違いなく、両国の関係性が色濃く出た決断です。
日本の悲願、自動車関税の行方は?
農産品で大幅な譲歩を見せた日本側ですが、悲願であった「自動車の関税撤廃」については、残念ながら今回は先送りという苦渋の決断を下しました。米国はかつてTPPの枠組みの中で、自動車関税を25年かけて撤廃することに同意していましたが、今回はその約束が棚上げされた形です。日本の基幹産業を守るための戦いは、今後も継続されることになります。貿易の現場では、常にメリットとデメリットが複雑に絡み合っていることが分かりますね。
しかし、日本側にとって最大の懸念事項であった「通商拡大法232条」に基づく自動車への追加関税の発動については、今のところ回避される見通しです。この法律は、安全保障上の脅威を理由に大統領が輸入制限を行える強力な権限ですが、交渉期間中はこれを発動しないという言質を昨年から得ています。茂木敏充経済財政・再生相は、9月の最終合意に向けて、この発動回避をさらに確実なものにしたいと、強い決意を滲ませています。
ネット上のSNSでは、このニュースに対して「牛丼やステーキが安くなるのは嬉しい」といった歓迎の声が上がる一方で、「日本の農業は本当に大丈夫なのか」「トウモロコシの大量購入は米国の顔色を伺いすぎではないか」といった不安の声も渦巻いています。特に農家の方々にとっては、安価な米国産品との競争が激化することへの危機感が強く、今後の政府による国内農家への支援策が、合意の内容以上に重要視されることになるでしょう。
編集者の視点として付け加えるなら、今回の合意はまさに「現実的な妥協点」を探り当てた結果だと感じます。トランプ大統領の予測不能な外交スタイルに対し、日本は農業市場を開放する代わりに、自動車産業への致命的な打撃(追加関税)を回避するという、極めて高度なバランス外交を展開しました。トウモロコシ購入も、日米同盟を維持するための「戦略的なコスト」と考えれば、経済的な数字以上の意味を持っているのかもしれません。
今後は、2019年9月の正式署名に向けて細部が詰められていきます。私たち消費者が受ける恩恵と、国内産業が受ける影響。その天秤の揺れ具合を、これからも注視していく必要があります。経済のルールが変わる瞬間は、私たちの暮らしが変わる瞬間でもあるのです。この歴史的な合意が、日米双方にとって真に実りあるものになることを願ってやみません。まずは9月の最終決着でどのような文言が盛り込まれるのか、その一挙手一投足に注目です。
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