私たちが日常的に手にするガソリンや牛乳、そしてビル建設に欠かせない鉄鋼など、日本の産業を下支えしているのは、実は海の上を走る船であることをご存知でしょうか。2019年09月05日現在、国内の港と港を結ぶ「内航船(ないこうせん)」が、かつてないほど深刻な人手不足に直面しています。国内貨物輸送の約4割を担うこの重要なネットワークが、いま音を立てて崩れようとしています。
「内航船」とは、日本の沿岸のみを航行し、国内の荷物を運ぶ船のことを指します。外航船が世界を股にかけるのに対し、まさに日本の毛細血管のような役割を果たしている存在です。しかし、驚くべきことに船員の数はこの20年間で約40%も減少してしまいました。SNS上でも「船乗りは憧れの職業だったはずなのに、今は過酷すぎる」といった、現場の窮状を訴える声が数多く上がっており、その危機感は日増しに強まっています。
2019年06月下旬、博多港に入港したタンカーの船長が漏らした言葉には、現場の疲弊が凝縮されています。「船員の疲労が限界に達している」と休養を求めても、代わりの船員がどこにもいないという現実に直面しているのです。数ヶ月間も船上で過ごし、一度乗船すれば休みがないという特殊な勤務形態は、プライベートを重視する現代の若者にとって、非常に高いハードルとなっているのでしょう。
働き方改革の「空白地帯」が生む過酷な労働実態
なぜここまで過酷な状況が放置されてきたのでしょうか。その背景には、法制度の壁が存在します。一般の労働者には「労働基準法」が適用されますが、船員には「船員法」という独自の法律が適用されるため、世間で進む働き方改革の波から取り残されてきました。月間の実労働時間は約240時間にも及び、これは建設業や陸上の運輸業と比較しても、月間約60時間以上も長いという衝撃的なデータが示されています。
さらに問題を複雑にしているのが、外国人の就労制限です。現在の日本の法律では、内航船での業務は「単純労働」とみなされており、外国人労働者の雇用が認められていません。深刻な担い手不足にありながら、国内の人材だけで解決しなければならないという、非常に厳しい制約の中にあります。こうした「人手不足の悪循環」が、ベテランの高齢化と若者の離職を加速させ、廃業を余儀なくされる事業者が後を絶たない事態を招いています。
編集者としての私の視点から言えば、これは単なる業界の問題ではなく、日本経済の「生存戦略」の問題です。内航船の99%が中小企業であり、大手荷主との力関係から運賃の引き上げが難しいという構造的な歪みが存在します。しかし、コスト削減のツケを船員に押し付け続ければ、最終的に困るのは私たち消費者です。安価で安定した物流を維持するためには、適正な対価を支払うという意識改革が、荷主にも消費者にも求められているのではないでしょうか。
この危機を打開するため、国土交通省は2019年06月から、業界団体や有識者を交えた本格的な協議をスタートさせました。スマートフォンアプリを用いた労働実態の調査など、ようやくDX(デジタルトランスフォーメーション)の兆しも見え始めています。政府は2020年夏頃までに労働環境改善の結論を出す方針ですが、物流が完全にストップしてしまう前に、一刻も早い制度の見直しと抜本的な支援が必要であることは間違いありません。
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