2019年09月17日、東京の西荻窪にある居酒屋で、ある一人の熟年紳士が静かに杯を傾けていました。その男性が発した「おねえさん、お酒を人肌で」という、淀みのない端正な日本語に周囲は驚かされます。お酒の温度を絶妙に指定するその姿からは、長年日本の文化を愛してきた者の年季と、言葉では言い尽くせない品格が漂っていました。
実はこの紳士、早稲田大学で戦後日本の大衆文化史を研究されているマイク・モラスキー教授だったのです。彼は著書『呑めば、都』の中で、日本の「赤ちょうちん」が持つ都市文化としての機能を鋭く考察しています。秋の涼しさが肌をなでる季節になると、彼が披露したあの粋な立ち振る舞いが、多くの酒乗りの記憶に鮮やかに蘇ってくることでしょう。
日本酒の奥深さと秋の味覚が織りなす至福のひととき
SNS上でも「外国人の方が『人肌で』と注文する姿は最高にクールだ」といった感嘆の声や、「秋の訪れと共に熱燗が恋しくなる」という共感の投稿が相次いでいます。そもそも「人肌(ひとはだ)」とは、日本酒を35度前後の、文字通り人の体温に近い温度に温めることを指します。これにより、お米本来の柔らかな甘みと香りが引き立つのです。
2019年09月17日現在の地方紙をめくれば、銀杏や里芋、秋鮭に紅ズワイガニといった秋の味覚の便りが日本各地から届いています。今年はサンマの不漁が心配されていますが、それでも居酒屋の軒先からは、塩焼きの香ばしい匂いが漂い始めました。これら旬の食材を肴(さかな)に、移ろいゆく季節を愛でながら一献傾ける時間は、まさに大人の贅沢と言えます。
日本酒の素晴らしさは、冷酒から55度の「飛び切り燗(とびきりかん)」まで、料理に合わせて最適な温度帯を選べる懐の深さにあります。清少納言が『枕草子』で綴ったように、月日は帆を掲げた舟のように瞬く間に過ぎ去ってしまいます。今夜は少し早めに仕事を切り上げ、モラスキー先生のように「人肌で」と注文し、秋の夜長に浸ってみてはいかがでしょうか。
編集者の視点から言えば、文化を愛でる心に国境はありません。日本人が忘れかけている「粋」な所作を、異国の研究者から教わったような気がして胸が熱くなります。便利な世の中だからこそ、お酒の温度一つにこだわりを持つ心の余裕を大切にしたいものです。今夜の月も、そんな私たちのささやかな贅沢を、きっと優しく見守ってくれるはずです。
コメント