ドーハの夜空の下、2日間にわたる過酷な戦いを終えた鉄人たちが、互いの健闘をたたえ合い抱擁を交わしていました。十種競技ではもはや恒例となったこの美しい光景の中に、日本が誇るアジア王者、右代啓祐選手の姿もあります。競技がすべて終了したのは2019年10月03日の午前0時半を回った頃でした。今大会の出場選手の中で最年長となる33歳の右代選手は、最終種目の1500メートルを走り抜くと、そのままトラックへ仰向けに倒れ込みました。
5度目の世界陸上挑戦となった今回の結果は16位。これは彼自身の大会キャリアにおいて自己最高位を更新する順位となりました。しかし、全10種目を完遂し得点を積み上げた選手の中では最下位という、本人にとっては手放しでは喜べない現実も突きつけられています。目標として掲げていた「8000点超えでの12位以内」には届かず、試合後には「あっという間に終わってしまった。全体的な精度が足りなかった」と、悔しさをにじませる言葉が漏れました。
十種競技とは、走る・跳ぶ・投げるという陸上競技の全要素を2日間でこなす「キング・オブ・アスリート」を決める種目です。初日は100メートル走から始まり、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400メートル走と続きます。2日目も110メートル障害、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、そして過酷な1500メートル走というスケジュールで行われます。これらすべての種目で高い水準を維持し続けるには、並外れた体力と精神力が求められるのです。
今大会の後半戦、右代選手は得意の円盤投げで3回目に48メートル41をマークし、全体3位に食い込む意地を見せました。しかし、期待された後半種目での爆発的な巻き返しは叶わず、上位陣との壁を痛感する結果となっています。SNS上では「33歳で完走するだけでも超人」「右代選手の精神力には勇気をもらえる」といった、彼のひたむきな姿勢を称賛するファンの声が数多く寄せられ、多くの人々に感動を与えました。
紆余曲折を乗り越えた精神力と2020年への決意
実は今回の出場に至るまでには、異例の事態が続いていました。一度は日本代表として内定が出たものの、国際陸連の基準を巡る混乱から選出が認められないという苦境に立たされたのです。しかし、大会直前になって急遽追加での出場が決定しました。そんな極限の精神状態の中でも、彼は「あらゆる思いを抱えてこの日を迎えた。試合に出る前提で準備を続けてきたからこそ、自信を持って挑めた」と語り、プロとしての矜持を見せています。
筆者の視点から言えば、今回のような不透明な選出過程は選手にとって大きな負担だったはずです。それでも言い訳をせず、自らのパフォーマンスで答えを出そうとした右代選手の姿勢は、スポーツマンの鑑と言えるでしょう。33歳という年齢は、爆発力が重視される陸上界ではベテランの域ですが、経験に裏打ちされた技術の安定感は彼だけの武器です。逆境を力に変えるメンタリティこそ、彼が長く第一線で戦い続けられる秘訣ではないでしょうか。
「年齢や体力の衰えは全く感じていない」と断言するアジア王者の視線は、すでに2020年の東京五輪という大きな舞台を見据えています。今回の16位という結果は、さらなる高みへ登るための貴重なステップとなるはずです。一度は閉ざされかけた扉を自らの実力でこじ開けた経験は、今後の厳しい鍛錬において大きな自信に繋がるでしょう。日本の陸上界を牽引し続ける「キング」の次なる挑戦から、一瞬たりとも目が離せません。
コメント