学術界の知見をビジネスの現場で花開かせる「産学連携」の動きが、かつてないほど加速しています。その最前線に立ち、東京大学の研究成果を社会へと繋ぐ架け橋となっているのが、東京大学TLO(技術移転機関)の本田圭子副社長です。2018年より副社長を務める彼女は、組織内で唯一の弁理士という知財のプロフェッショナル。年間500件を超える膨大な発明届け出に対し、専門的な知見から鋭い助言を行い、日々研究者たちの挑戦を支えています。
TLOとは「Technology Licensing Organization」の略称で、大学で生まれた発明を特許化し、それを企業へライセンス供与(技術の使用権を許諾すること)する機関を指します。本田さんは、かつて「教育と研究」の二本柱だった大学の役割に、現在は「社会貢献」という重要な柱が加わったと語ります。先生方の情熱が詰まった研究内容を深く理解し、それを法的な権利である「知的財産」へと変換した上で、実用化を担うパートナー企業を探し出すことが彼女のミッションなのです。
研究職から知財の道へ、決断を後押しした「ライフステージ」の変化
意外なことに、本田さんのキャリアの原点は研究者の道にありました。薬学系の大学院を経て、1991年4月には東京大学大学院の医学系研究科へ進学。当時は今でいう「ゲノム編集(遺伝子を自在に改変する最先端技術)」の先駆けとなる遺伝子組み換えの研究に没頭していました。しかし、博士研究員(ポスドク)時代に迎えた結婚が、彼女の人生を大きく変える転機となります。
当時の研究職は、空きポストを求めて全国を飛び回るのが当たり前の世界でした。家庭との両立を考えた際、勤務地を選びやすい働き方を模索し始めた本田さんは、知人の紹介で特許事務所の門を叩きます。1995年、約3カ月のインターンを経て正式に就職したその場所で、彼女は「米国の大学が積極的に特許を出願している」という事実に衝撃を受けました。日本の研究者がまだ特許に無頓着だった時代、この日米の温度差を肌で感じたことが、現在の活動の原動力となっています。
「違い」を見抜く分析力こそが、未知の技術を形にする
SNS上では、彼女のキャリアに対し「専門性を別の形で昇華させる柔軟さが素晴らしい」「ポスドクのキャリアパスとして勇気をもらえる」といった共感の声が寄せられています。本田さんは、自身の歩みを「挫折も迷走もあった」と振り返りますが、その過程で培った「分析力」こそが最大の武器となりました。特許の仕事は単なる手続き代行ではなく、その技術が「既存の技術と何が違うのか」を明確に言語化する作業だからです。
たとえ自分が専門外の分野であっても、この「差異」を見極める力があれば、あらゆる先端技術を権利化することが可能です。特許を取得した後に、その費用を回収し、いかにして開発に興味を持つ企業とライセンス契約を結ぶか。そこには泥臭い営業努力も欠かせません。研究者の熱意をビジネスの言語に翻訳し、社会を動かす力に変えていく。本田圭子さんの歩みは、専門知識をいかに社会に還元するかという、新しいキャリアの形を私たちに示してくれています。
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