世界的な政治リスクの権威であり、ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏が、2019年6月18日に開催された「アジアの未来」特集において、米中の狭間で揺れ動くアジアの現状と、日本が果たすべき重要な役割についてビデオメッセージで提言されました。ブレマー氏は、アメリカがアジア地域での指導力を以前ほど発揮しなくなっている現状を指摘しつつも、中国を除くアジア各国は、長らく西側諸国が主導してきた国際的な制度や規範を安易に変えるべきではないと強く主張されています。
例えば貿易の分野では、11カ国による環太平洋経済連携協定(TPP11)が発効し、協調が進展している様子です。しかし、より難しい課題を抱える安全保障分野においては、アメリカが提供していた「安保の傘」が不確実になる一方で、中国が地域で急速にその足場を固めつつある状況を憂慮しています。このような状況下で、アジア諸国に残されている選択肢は非常に少なく、アメリカにしがみつきながら「どうか船を揺らさないでほしい」と願うしかないのが実情でしょう。
ブレマー氏の提言の中でも特に注目すべきは、テクノロジー分野における日米欧の連携、すなわち「デジタルTPP」構想の可能性です。これは、中国がテクノロジー超大国へと突き進む動きが、アメリカとその同盟国の国益にそぐわないという認識に基づいています。アメリカには多くの革新的な起業家が存在し、ヨーロッパはデータ保護などの先進的な規制整備に長けています。また、日本も独自の先進技術を活用している国です。これら日米欧の三者が団結することで、中国が参加せずにはいられないほど魅力的な国際システムを構築できる可能性があり、これは西側主導の多国間制度を立て直すための大きなチャンスになる、とブレマー氏は力説しているのです。
この提言に対してSNS上では、「デジタルTPPは非常に現実的で魅力的なアイデアだ」「日米欧が連携してルールメイキングを主導すべきだ」といった賛同の声が多く見受けられます。一方で、「中国を排除したシステムは本当に持続可能なのか」「日本がそのイニシアチブを取れるのか」といった慎重な意見もあり、国際的なデジタルガバナンスの行方に関心が集まっている様子が伺えます。
巨大経済圏構想「一帯一路」と日本の選択
さらにブレマー氏は、中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」についても言及されました。「一帯一路」とは、中国とヨーロッパ、アフリカを結ぶ広大なインフラネットワークを整備する巨大プロジェクトのことです。この構想の参加国は今後も増え続けるだろうとブレマー氏は予測しています。その背景には、誰が意思決定を行い、誰が資金を拠出しているのかを世界がはっきりと理解している事実があります。しかし、「一帯一路」は決して「包摂的な枠組み」、すなわち誰でも分け隔てなく受け入れる仕組みではないと指摘します。中国の支配下に入った国々は、必然的に中国の基準やルールを遵守するようになり、その結果として日本企業がこれらの国々に投資を行うことは、極めて困難になっていくでしょう。
このような厳しい国際情勢の中、ブレマー氏は日本に対して「大きなシンガポールになれるか」という重大な問いを投げかけています。シンガポールは、高度な先進技術を保有し、また、あらゆる国々に対して開かれた(オープンな)姿勢を貫いているため、誰もが連携を望む国です。日本も同様に、「法の支配」が確立されており、開かれた社会であるという強みを持っています。重要なのは、この強みを活かしつつ、世界各国が必要とするものを提供し続けられるかどうか、ということでしょう。
日本は、少子高齢化という構造的な課題に直面している一方で、極めて効率的で質の高い医療制度を誇っています。さらに、高水準のインフラや、きめ細やかなサービスを提供する優れたサービス業も有しています。これらは、まさに中国も含め、多くのアジア諸国が必要としている分野です。したがって、日本はアメリカか中国のどちらか一方を選ぶのではなく、両国とバランスを取りながらビジネスを展開していくべきだというのが、ブレマー氏の重要なアドバイスなのです。
私個人の見解として、ブレマー氏が提唱する「デジタルTPP」は、地政学的な視点からも非常に理にかなった戦略だと考えられます。ブレマー氏が1998年にユーラシア・グループを立ち上げた当初、地政学(ジオポリティクス)は新興市場に限定された問題でした。しかし、現在ではアメリカ主導の国際秩序が揺らぎ始めており、地政学的な要因が、世界全体に影響を及ぼす中心的な課題へと変貌しています。日本が「大きなシンガポール」として、法治と技術を基盤とした中立的かつ不可欠な存在感を確立し、世界的なルール形成に積極的に関与することが、未来のアジアの安定と繁栄に繋がる道だと確信しています。
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