2019年10月11日、日本中に喜ばしいニュースが駆け巡りました。旭化成の名誉フェローである吉野彰氏が、リチウムイオン電池の開発への多大な貢献により、ノーベル化学賞を受賞されることが決定したのです。これで日本人のノーベル賞受賞者は、米国籍の方を含めて合計27名という快挙を成し遂げました。特に今回は、大学の教授職ではなく、一貫して民間企業で研究を続けてきた「企業研究者」に光が当たったことが、大きな注目を集めています。
SNS上では「日本のものづくりの底力を見た」「企業でこれほどの名誉を手にするのは夢がある」といった感動の声が溢れています。吉野氏は1972年4月1日に旭化成へ入社して以来、長年にわたり同社に身を置いてきました。企業に所属したまま受賞に至ったケースとしては、2002年に受賞した島津製作所の田中耕一氏に次ぐ、史上2人目の快挙となります。実用化を重視する企業の土壌が、世界を変える発明を育んだと言えるでしょう。
多角経営が支えた「一気通貫」の研究環境
吉野氏は自らの歩みを振り返り、旭化成というフィールドがあったからこそ、基礎研究から応用、そして実用化までを途切れることなく進められたと語っています。これは「一気通貫(いっきつうかん)」、つまり最初から最後まで一貫して関わる開発体制が整っていたことを意味します。専門分野の枠に閉じこもらず、市場に出るまでの全てのプロセスに携われるのは、多角的な事業を展開する大手企業ならではの強みであり、研究者にとっては理想的な環境だったはずです。
過去を紐解けば、ソニー出身の江崎玲於奈氏や帝人出身の根岸英一氏、そして日亜化学工業出身の中村修二氏など、企業での研究が後に栄冠へと繋がった例は枚挙にいとまがありません。大学の研究室とは異なり、企業研究は資金面での不安が比較的少なく、生活基盤が安定しているという大きなメリットが存在します。腰を据えて革新的な技術開発に没頭できる安定感こそが、日本の技術力を根底から支えている重要な要素であることは間違いありません。
見えてきた課題、発明の報酬と研究者の地位
しかし、企業研究者が抱える苦悩も無視はできません。企業では特許申請を最優先するため、研究成果が論文として公表されるまでには時間がかかり、世界的な評価を受けにくいというジレンマがあります。また、発明に対する「報酬」を巡る対立も根深い問題です。かつて青色発光ダイオード(LED)を開発した中村修二氏は、対価を求めて会社を提訴し、2005年1月11日には東京高裁での和解により8億円が支払われるという、異例の事態にまで発展しました。
こうした背景を受け、旭化成では2002年から「高度専門職制度」を導入し、優れた技術を持つ社員を「フェロー」として優遇する取り組みを始めています。私は、こうした制度の充実こそが今後の日本経済の鍵を握ると確信しています。単なる「会社員」としてではなく、一人の「開拓者」として正当に評価し、夢を抱ける環境を整えるべきです。吉野氏の受賞が、全ての企業研究者に勇気を与え、企業のあり方を見直す素晴らしい転換点になることを願ってやみません。
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