巨大な「楽天経済圏」を支え、さらなる成長を後押しするグループ横断のクラウド基盤が、その全社展開を急いでいます。楽天は、人工知能(AI)との連携も視野に入れ、膨大なデータ活用によって出店者支援やマーケティングの精度を飛躍的に高めようとしています。テクノロジー部門の最高技術責任者(CTO)を務めるタリア・マルティヌッセン常務執行役員は、この全社横断クラウド基盤システムを「楽天グループの力を引き出すため、5年、10年先を見据えて設計している」と強調されていました。私としても、国内ネット企業屈指の規模を誇る楽天が、ここにきて本腰を入れてITインフラの統合に取り組む姿勢は、まさにデジタル変革(DX)の最前線だと感じています。
同社は、グループ全体の総合力を高めるための「切り札」としてこのクラウド基盤を位置づけているのです。電子商取引(EC)から銀行、証券、旅行、通信など70以上の多岐にわたるサービスを通じて集まるデータは、全世界で約13億人という利用者数に裏打ちされた計り知れない資産です。平井康文副社長執行役員が語るように、これらのデータを一元管理・分析することで「付加価値の高いインサイトへと進化させ」、全社で共有できる仕組みを構築する計画でしょう。そしてこれは、複数の楽天サービスを利用する「クロスユース」を促し、経済圏全体の活性化に直結すると期待できるでしょう。
巨大経済圏ゆえの課題を乗り越えるITインフラ統合
楽天が全社横断のクラウド基盤構築に踏み切ったのは、2010年ごろに遡ります。創業から積極的なM&A(合併・買収)を繰り返して事業を急拡大させた同社の歴史は、時に「個別最適」の弊害を生み出しました。つまり、事業の立ち上げや成長を最優先した結果、ITインフラやデータ管理の仕組みが事業ごとに「縦割り」となり、非効率な重複が生じていたのです。事業間の連携を強化し、経営基盤をさらに拡充させるため、この縦割りを打破する必要性に迫られました。そこで、IT(情報技術)インフラやデータ管理の重複を解消し、サービス開発やシステム運用の効率化を目指すことになったのです。
この新しいクラウド基盤は、大きく分けて二つの階層から構成されています。データ活用を担うのが、検索エンジンやID管理などを含む「ホリゾンタル・プラットフォーム」と呼ばれる層です。この基盤の上で、各事業固有のアプリケーションを動かします。もう一つの層は、データセンター、ネットワーク、サーバー群から成るITインフラ層です。楽天はすでに日本、北米、欧州に合計6カ所のデータセンターを設けており、マルティヌッセン常務は、今後もビジネス成長に応じて南米などへのデータセンター増設も視野に入れていると表明されています。パブリッククラウド(クラウド事業者が提供する不特定多数向けのサービス)も併用しつつ、基本は自前の施設で運用することで、柔軟性とコスト効率の両立を図る方針でしょう。
2019年6月現在、すでに8割以上のグループ会社がこのクラウド基盤への移行を済ませているとのことですが、現在まさに中核である「楽天市場」の基幹システムが移行の最中にあると言います。この大規模なシステム刷新のきっかけの一つは、東北楽天ゴールデンイーグルスが2013年にリーグ優勝した際の出来事でした。優勝記念キャンペーンで楽天市場へのトラフィック(データ通信量)が爆発的に増加し、従来のオンプレミス(自社でサーバーなどを所有・運用する形態)では対応が限界だった、と当時の状況を小林悠輔執行役員は振り返られています。この経験が、基幹システムの抜本的な見直しを促したと言えるでしょう。
AIを活用した出店者支援と接客力の向上
楽天市場の基幹システムは「RMS基幹システム」と呼ばれ、2021年の稼働を目指し刷新が進んでいます。三木谷浩史会長兼社長は、楽天市場の流通総額(取引総額)で「5兆円、10兆円を目指す」と語られており、この基幹システムの刷新こそが、その壮大な目標を実現するための重要な「一里塚」(節目)であることは間違いありません。この新システムは、受注情報管理、商品管理、接客支援、配送管理という4つの主要機能を備え、ECサイトの出店者を強力にサポートすることが期待されています。特に注目すべきは、AIを活用した接客支援機能です。
例えば、同社は2018年9月に出店者向けのチャットシステム「R-Messe(アールメッセ)」の提供を開始し、同年11月にはAI技術による自動応答機能を組み込みました。このAIエンジンには、米IBMの「Watson(ワトソン)」が採用されています。Watsonは、人間が話すような自然言語を理解し、質問に回答したり、膨大なデータから洞察を得たりできる強力なAI技術です。これにより、出店者は、店舗の休業日や会社概要など簡単な問い合わせ対応を自動化できるようになりました。将来的には、顧客の過去の購買履歴などに基づいて、最適な商品やコーディネートを自動で提案するといった、より高度な接客支援の実現を目指す計画です。
すでにR-Messeを導入した店舗では、導入前と比べてコンバージョン率(成約率)が8ポイント以上、客単価も7割以上伸びるという驚くべき成果が見え始めています。これは、AIによる迅速かつパーソナライズされた接客が、顧客満足度と購買意欲を同時に高めている証拠と言えるでしょう。「AIで出店者の業務の9割をカバーしたい」という小林執行役員の強い言葉からは、楽天がAIを単なる効率化ツールとしてではなく、ビジネス成長のエンジンとして捉えていることがわかります。
多様な知を結集する楽天技術研究所の存在感
さらに、楽天の長期的な技術革新を支えるのが「楽天技術研究所」です。2005年という国内ネット企業の中では先駆的な時期に設立され、現在、日本、米国、フランス、シンガポール、インドの5カ国に拠点を持ち、約150名の研究者を擁しています。国籍は30カ国・地域に及び、実に7割がコンピューターサイエンスの博士号を持つという、国際色豊かで高い専門性を持った組織なのです。三木谷会長がこの研究所に与えたミッションは、「長期的なビジネスの方向性を踏まえながら、研究所しか気づかない新しい芽を見つけてほしい」というものでした。
楽天技術研究所の代表である森正弥執行役員は、「楽天というフィールドで最先端の技術を実証し、サービスにいち早く組み込む」と、その役割を語られています。研究テーマはAIからユーザーインターフェース(UI)、大規模データ処理、自然言語処理、画像処理、ロボティクスまで多岐にわたるのが特徴です。その成果の一つに、評判分析技術があります。これは、ECサイトなどに投稿されたレビューの文章を分析し、内容が好意的か否定的かを自動的に判断する技術で、サービス改善やマーケティング戦略に大いに役立つでしょう。
この楽天のクラウド基盤とAIの取り組みは、IT業界やSNSでも大きな注目を集めています。特に楽天市場のシステム刷新については、「あの複雑なシステムをクラウド移行するのは大変そうだが、成功すれば他社のモデルケースになる」といった技術的な関心や、「AIによる業務9割カバーは出店者にとって大きな福音だ」といった期待の声が上がっているようです。楽天が培ってきた巨大なデータと、世界トップクラスの知を結集した技術研究所、そして全社横断のクラウド基盤が三位一体となることで、「楽天経済圏」は今後、いっそう魅力的で利便性の高いものへと進化していくでしょう。
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