2019年10月19日、俳人の黒田杏子氏が選者を務める「俳壇」にて、人々の心に深く染み入る名句が紹介されました。秋の訪れとともに、私たちは日常の何気ない動作や夜空に浮かぶ月に対して、いつも以上に敏感な感情を抱くものです。今回選ばれた作品群は、まさにそうした季節の移ろいと、人生の円熟味を鮮やかに切り取っています。
まず注目したいのは、阿部久子氏による「あといく度すだれを捲けるわが手にて」という一句です。ここで詠まれている「すだれ(疎だれ)」とは、夏の日差しを遮るために窓辺に吊るす伝統的な日除けのことですね。秋を迎え、役目を終えたすだれを片付けるという、日本ならではの季節のルーティンが描かれています。
しかし、この句の真髄は単なる家事の描写に留まりません。「あといく度」という表現からは、自身の年齢や残された時間への静かな覚悟が読み取れるでしょう。SNS上では「日常の所作に命の重みを感じて涙が出た」といった共感の声が広がっており、多くの読者が自分自身の人生と重ね合わせているようです。
国境を越えて繋がる秋の月と家族の絆
続いてご紹介するのは、大津隆文氏の「隣国は秋夕(チュソク)よ同じ月仰ぎ」という作品です。「秋夕(チュソク)」とは、韓国や北朝鮮における旧暦の8月15日を祝う国民的な祝祭日を指します。家族が集まり、秋の収穫を感謝しながら先祖を供養する、非常に大切で温かな行事として知られていますね。
作者は、日本の夜空に浮かぶ美しい月を眺めながら、海の向こう側で同じ月を見上げている人々に思いを馳せているのでしょう。政治的な状況や国境といった隔たりを越え、自然の美しさや文化的な共通点を尊ぶ姿勢には、深い慈愛が感じられます。SNSでは「月を見るという行為が、世界を繋ぐ平和への祈りに見える」という称賛の声が相次ぎました。
このように、俳句はわずか17音という限られた器の中に、無限の物語を封じ込める力を持っています。編集者の私個人としても、こうした言葉の力こそが、殺伐としがちな現代社会において「心の余裕」を取り戻すための特効薬になると信じて止みません。言葉を丁寧に選ぶことは、人生を丁寧に生きることそのものだと言えるでしょう。
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