1946年11月3日に公布され、翌1947年5月3日から施行された日本国憲法は、一度も改正されることなく今日まで歩み続けてきました。驚くべきことに、世界中の憲法を対象とした統計データによれば、憲法の平均寿命は約17年という短さであることが判明しています。これと比較すると、日本の憲法が歩んできた70年以上の月日は、世界でも類を見ない圧倒的な長寿記録と言えるでしょう。
SNS上では、この「変わらないこと」に対して、平和の象徴として誇らしく感じる声がある一方で、現代社会のスピード感と乖離しているのではないかという懸念も散見されます。しかし、物理的に条文が変わらないことが、必ずしも国家の健全性を示しているわけではありません。長期間にわたって一言半句も修正されないまま存続し続ける状態は、むしろ法的な歪みを蓄積させている可能性を孕んでいるのです。
憲法学の権威である慶応義塾大学の横大道聡教授は、この記事において、改正を経ない長寿憲法がもたらす「病理」について鋭い指摘を行っています。時代の変化に合わせて無理やり運用を合わせようとするあまり、本来の憲法の在り方が損なわれているという警告です。私たち日本人は、この「世界一の長寿」という事実の裏側に隠された、法治国家としての危うさに目を向ける時期に来ているのではないでしょうか。
「解釈」という名の微調整がもたらす憲法観の崩壊
憲法改正の手続きを避けるために多用されてきたのが、いわゆる「憲法解釈」の変更という手法です。これは条文そのものは書き換えずに、時代の要請に応じて言葉の読み替えを行う作業を指します。しかし、この解釈による調整が繰り返された結果、憲法が本来持っている「権力を縛る」という機能が曖昧になり、国民の憲法に対する信頼が揺らぎ始めているという現状があります。
私自身の見解としても、ルールを現実に合わせるために解釈を広げすぎることは、スポーツで例えるなら試合中に審判が勝手にルールブックの読み方を変えるようなものだと感じます。これでは法の安定性が失われ、何が正解かが不透明になってしまいます。横大道教授が説くように、改正を行わないことが美徳とされる風潮が、かえって憲法という背骨を歪めてしまっている事実は重く受け止めるべきでしょう。
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