NTTの壁に挑んだIIJ鈴木幸一氏の「3つの誤算」とデータセンターが描いた未来図

1992年に日本初の商用インターネット接続サービスを開始したIIJの創業者、鈴木幸一氏。彼が抱き続けてきた野望は「NTTという巨大な壁に真正面から立ち向かえる企業を創ること」でした。その壮大な夢を具現化すべく、1998年にトヨタ自動車やソニーと共に設立されたのがクロスウェイブコミュニケーションズ(CWC)です。2000年夏には米国ナスダック市場への上場も果たし、順風満帆に見えた戦いでしたが、そこには高い壁が立ちはだかっていました。

通信の世界でNTTに対抗するためには、都市間を結ぶ「バックボーン」と呼ばれる基幹回線だけでは不十分です。各家庭やオフィスという「路地」の隅々までデータを届けるための「ラストワンマイル」を埋める必要がありました。この最後の1マイルを繋ぐ鍵として、鈴木氏は電柱という最強のインフラを持つ電力会社との連携に活路を見出します。1999年には東京電力との交渉を開始し、2002年7月には電力系通信会社との統合協議にまで漕ぎ着けました。

しかし、この歴史的な大連合の構想は、予期せぬ「3つの誤算」によって崩れ去ることになります。第一の誤算は、電力業界における最大の理解者であった東京電力の山本勝副社長を病で失ったことです。官僚的な気風が強い組織の中で、鈴木氏のビジョンを支えた盟友の不在は、交渉の行方に暗い影を落としました。SNS上でも「もし彼が存命なら日本の通信地図は変わっていたはず」と、この損失を惜しむ声が今なお語り継がれています。

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原発問題と巨大不稼働設備の衝撃

第二の誤算は、2002年8月に発覚した東京電力の原子力発電所における不祥事です。点検データの隠蔽問題により、支援者であった南直哉社長が2002年9月に辞任へと追い込まれました。後任の勝俣恒久社長は慎重な姿勢を崩さず、世間の批判を浴びる中での派手な提携には消極的になってしまいます。こうした組織の保守化が、CWCとの統合交渉を停滞させる一因となりました。時代の荒波が、一企業の戦略を飲み込んでしまったのです。

そして決定打となった第三の誤算が、埼玉県川口市などに建設した巨大なデータセンターでした。これは今で言う「クラウドコンピューティング」、つまりデータを手元の端末ではなくネット上のサーバーで一括管理する仕組みを先取りした投資でした。NHKの番組アーカイブ配信拠点とする計画でしたが、競合他社からの反発で頓挫してしまいます。視察に訪れた東電幹部らの目には、広大な空間が「不稼働設備」という負の遺産に映ってしまったのでした。

結局、パワードコムとの統合交渉は2003年春に破談を迎えます。鈴木氏の構想は、当時の社会や業界の理解を遥かに超えて先を走りすぎていたのかもしれません。しかし、彼が信じた「中央でデータを保管する時代」は、今や私たちの生活に欠かせないインフラとなっています。一見無謀に見える先行投資こそが、未来のスタンダードを創り出すのだと痛感させられます。この執念こそが、日本のインターネットを支える原動力となっているのでしょう。

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