世界的な文学賞であるブッカー賞に輝いた名匠、マイケル・オンダーチェ氏が、7年という長い沈黙を破って世に送り出した最新作『戦下の淡き光』が大きな話題を呼んでいます。2019年11月02日現在、読書家の間で熱狂的に迎えられている本作は、前作『名もなき人たちのテーブル』の流れを汲む10代の少年の冒険譚です。しかし、前作が自伝的な色彩を帯びていたのに対し、今作では著者の奔放な想像力が遺憾なく発揮されており、その圧倒的な筆致には驚かされるばかりでしょう。
物語の舞台となるのは、戦火の傷跡が生々しく残る1945年、第2次世界大戦直後のロンドンです。14歳の主人公ナサニエルは、両親の突然の海外赴任により、姉とともに「蛾(モス)」というあだ名を持つ謎めいた男に預けられることになります。実の親と引き離され、図らずも孤児のような境遇に置かれた少年を待ち受けていたのは、戦後の混沌とした社会にうごめく刺激的な大人たちとの出会いでした。SNSでは「少年の成長と裏社会の危うい魅力が同居している」と、その世界観に陶酔する声が相次いでいます。
霧の街に浮かび上がる「イニシエーション」と裏社会の住人たち
ナサニエルの周囲に集まるのは、いずれも一癖ある人物ばかりです。特に「ダーター」と呼ばれる、法に触れるギリギリの境界線で生きる男との交流は、少年の運命を大きく揺さぶります。彼はダーターに誘われ、漁船でドッグレース用の犬を運搬するという奇妙なアルバイトに従事し、大人の世界の裏側を覗き見ることになるのです。こうした経験は、未熟な少年が一人前の大人へと脱皮するための儀式、すなわち「イニシエーション(通過儀礼)」として、彼の精神を鋭く研ぎ澄ませていくのでしょう。
作中には頻繁に地図が登場しますが、これは居場所を失ったナサニエルが、不安定な世界の中で自分の立ち位置を確認しようとする切実な試みの象徴といえます。産業革命期に築かれた運河や、空襲で荒廃した薄暗い街路など、描写されるロンドンの風景は極めてリアルです。しかし、オンダーチェ氏の手にかかれば、その現実的な光景さえもがどこか神話的な、現実離れした空間へと昇華されてしまいます。読者はまるで、霧の深い迷宮を歩いているような不思議な感覚に包まれるに違いありません。
物語の後半では、大人になったナサニエルが情報部の一員となり、失踪した母の足跡を辿るミステリー的な展開が待ち受けています。かつて自分の側から消えた母が、実は諜報活動に従事し、敵の手から子供たちを守るために身を隠していたという衝撃の事実が明かされていくのです。バラバラだったピースが繋がる瞬間、私たちは人間関係の絆がいかにもろく、それでいてどれほど温かな救いになるかを痛感させられます。
個人的な見解を述べさせていただければ、本作の真髄は「不確かな時代における連帯」にあると感じます。血縁だけが家族ではなく、偶然居合わせた他者との間に生まれる淡い光のような繋がりこそが、過酷な戦後を生き抜く杖となったのではないでしょうか。不透明な現代を生きる私たちにとっても、本作が描く「もろくも愛おしい絆」の物語は、心の奥底に静かに、そして深く染み渡るはずです。
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