2019年6月18日、ポルトガルのシントラで開かれた欧州中央銀行(ECB)主催のフォーラムで、マリオ・ドラギ総裁は、ECBの物価目標である2%の達成に向けて「あらゆる手段を用いる」と力強く宣言しました。この発言は、直前にドナルド・トランプ米大統領がECBの金融政策を「通貨安誘導だ」と批判していたことに対し、真っ向から反論し、追加の金融緩和に踏み切る準備があるという強い姿勢を市場に示したものです。
ドラギ総裁が「何でもやる」と強調したのは、トランプ大統領による批判に関する質問への回答としてでした。総裁は同日朝の講演で既に追加緩和の可能性を示唆していましたが、トランプ大統領はすぐに自身のX(旧Twitter)で、「ユーロの価値を下げて、米国との競争を不当に有利にしている」と激しく非難していたのです。しかし、ドラギ総裁は、ECBの政策の目的はあくまで物価上昇率2%の目標達成であり、「為替相場を目標にしているのではない」と明確に述べ、通貨安誘導との指摘は的外れであるとの認識を示しました。物価の上昇ペースが鈍化している現状において、状況が改善しなければ追加策を講じるのは中央銀行として当然の責務だという考えが背景にあるのでしょう。
このドラギ総裁の毅然とした態度を後押ししたのは、同討論会に出席していた他の識者からの、トランプ大統領の金融政策介入に対する強い批判でした。特に、元米連邦準備理事会(FRB)副議長であったスタンレー・フィッシャー氏は、ドラギ総裁の発言に先立ち、「政府が金融政策を指示することはできない」と繰り返し強調し、中央銀行の独立性を軽視してFRBに利下げを要求するトランプ大統領を強く批判していました。フィッシャー氏は、もしトランプ氏が大統領に再選されれば、同氏に近い人物がFRB議長に選ばれる可能性があり、「非常に異質な金融政策」につながりかねないと警鐘を鳴らしました。
ドラギ総裁による追加緩和も辞さないという趣旨のメッセージは、トランプ大統領だけでなく、世界の金融市場に大きな驚きを与えました。市場はこれを受け、金利の低下とユーロ安が進行し、ECBによる利下げや量的緩和(中央銀行が国債などを買い取ることで市場に大量の資金を供給する金融政策)の実施を織り込み始めました。長期金利の指標である10年債の利回りでは、フランスやオーストリアで史上初めてマイナス圏に突入し、ドイツでも過去最低を更新する事態となりました。ユーロも対ドルで大きく価値を下げています。
これに対し、SNSでは「ドラギ砲が炸裂した」「トランプ批判をものともしないECBの独立性は素晴らしい」といった声が上がる一方で、「本当に景気がそんなに悪いのか」「ユーロ安が進むと、日本の輸出企業にはマイナスだ」など、今後の経済への影響を懸念する意見も飛び交いました。私見ではありますが、ECBが物価安定という最大の責務を果たすため、政治的な圧力に屈せず「何でもやる」と表明したことは、中央銀行としての独立性と決意を示す非常に重要な行動であったと評価できます。国際的な為替戦争への懸念は残りますが、金融政策の独立性は守られるべきでしょう。
ドラギ総裁は、2019年6月6日の理事会後の記者会見でも追加緩和の可能性を示唆していましたが、その時点では「不測の事態」への対応という説明にとどまっていました。しかし、今回の発言では、「(経済状況の)改善がなければ、追加の景気刺激策が必要になる」と断言にまで踏み込みました。この表現の変化が、市場に追加緩和の警戒レベルを格段に引き上げた決定的な要因となり、金融市場を大きく動かす結果となったのでしょう。
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