20世紀のアメリカ建築界において、まさに頂点に君臨した巨匠といえばフランク・ロイド・ライトを置いて他にいないでしょう。しかし、彼が自身のアイデンティティをアメリカ人としてではなく、移民の祖先である「ウェールズ人」に深く求めていた事実は、意外にも広くは知られていません。彼の膨大なページ数を誇る『自伝』には、その熱い血筋へのこだわりが色濃く刻まれているのです。
ライトが米国ウィスコンシン州に築いた自邸であり、若き才能を育む教育の場でもある「タリアセン」は、現在も世界中の建築家が巡礼に訪れる聖地となっています。実はこの「タリアセン」という名称自体、ウェールズの伝説的な詩神の名から採られたものでした。母親から受け継いだウェールズの血、すなわち「ケルト文化」こそが、彼の独創的なデザインの源流となっていたのです。
イギリス西部に位置するウェールズの半島は、かつて古代ローマ人にも畏怖された、深い森が広がる聖なる地でした。ライトの代名詞ともいえる、樹木や水、岩などの自然要素を室内に取り込む「有機的建築」や、心地よい地平の広がりを感じさせる「草原様式(プレーリースタイル)」は、まさにこの地から得たインスピレーションの賜物といえるでしょう。
自然と人工が溶け合う「ネイチャー・ワーシップ」の真実
ライトは自らを、古代ケルトの司祭である「ドルイド」の血統であると真剣に書き残しています。これは単なる比喩ではなく、彼の中に流れる「自然崇拝(ネイチャー・ワーシップ)」という精神的ルーツを象徴する言葉でした。これまでの建築史ではあまり語られてこなかったこのケルト的文脈こそが、ライト芸術の本質を解き明かす鍵になるのではないかと、私は確信しています。
「人間が自然の一部であれば、必ず息を吹き返すことができる」という信念を、ライトはその波乱万丈な生涯で証明してきました。彼の本拠地「タリアセン」は、愛する人との悲劇的な別れや、重なる火災という過酷な運命に見舞われています。しかし、館はそのたびに驚異的な復活を遂げ、現在は「タリアセン3」としてその姿を今に伝えているのです。
2019年11月26日現在、私たちが改めて注目すべきは、日本との深い縁でしょう。彼が設計した帝国ホテル「ライト館」がお披露目されるはずだった1923年09月01日、日本は関東大震災という未曾有の災害に襲われました。しかし、ライト館はその猛火の中でも崩れることなく立ち残り、復興の象徴としてその名を歴史に刻んだのです。
SNS上では「ライトの照明が今も日本で愛されている理由がわかった気がする」「ケルトの神秘と日本の精神性がどこかで繋がっているのかも」といった、彼のルーツに共感する声が上がっています。彼が生涯大切にしたウェールズ・ケルトの神の名を冠したデザイン照明は、時を超え、2019年の今もなお日本の夜をやさしく照らし続けています。
私たちがライトの建築に惹かれるのは、そこに単なる機能美ではなく、失われつつある「自然への畏敬の念」が息づいているからではないでしょうか。コンクリートに囲まれた現代だからこそ、彼の提唱した有機的な調和の精神を、私たちは建築の枠を超えて学び直す必要があると感じます。
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