2017年に発表された大作『ゲームの王国』によって、日本SF大賞と山本周五郎賞を同時に射止めるという快挙を成し遂げた小川哲氏。今、最もその動向が注目される気鋭の作家による最新短編集が、2019年9月より全国の書店に並んでいます。SFという枠組みを軽々と超え、歴史やミステリーといった多彩な要素を織り交ぜた本作は、読書好きの間で早くも「知の迷宮に迷い込むような体験だ」と大きな話題を呼んでいるのです。
収録されている6つの物語は、著者の底知れない才能の引き出しをこれでもかと見せつけてくれます。表題作である「嘘と正典」の舞台は、冷戦の緊張が漂うソ連です。活動停止を目前に控えたCIAモスクワ支局の工作員が、ある科学者から持ちかけられた驚天動地の計画に乗り出します。それは、共産主義の根幹を揺るがすために、マルクスとエンゲルスの出会いという歴史そのものにSF的な「仕掛け」を施すという、あまりに壮大なプロジェクトでした。
歴史と幻想が交錯する、巧妙な物語の仕掛け
本作の魅力は、単なる空想に留まらない緻密な構成にあります。例えば「魔術師」という作品では、かつて一世を風靡しながらも落ちぶれたマジシャンが、再起をかけて挑む「タイムトラベル・マジック」が描かれます。この不可解な現象の謎に挑む姉弟の姿を追ううちに、私たちはミステリーとしての極上の興奮を味わうことになるでしょう。論理的な帰結と幻想的な美しさが同居する語り口は、まさに「物語の魔法」そのものと言えるはずです。
一方で、競馬という現実のスポーツを題材にした「ひとすじの光」では、1999年の天皇賞を春秋連覇した名馬スペシャルウィークの血統を巡る父子の物語が綴られます。ここで語られる「血」の継承は、科学的な視点と情緒的な重みを併せ持ち、読者の心を強く揺さぶります。一見するとSFとは遠い場所にあるエピソードさえも、小川氏の手にかかれば、宇宙の真理の一端を覗かせるような深遠な物語へと昇華されていくのです。
再読必至!SNSでも絶賛される「心地よい違和感」
SNS上では、読み終えたユーザーから「ページをめくる手が止まらない」「どこかに伏線を見落としていないか不安になるほどの密度」といった驚きの声が続出しています。ここで言う「正典(せいてん)」とは、本来は宗教や思想における権威ある記録を指す言葉ですが、著者はあえて「嘘」と対比させることで、私たちが信じている現実の脆さを浮き彫りにします。知的好奇心を刺激するこのアプローチこそ、現代を生きる私たちに必要な視点かもしれません。
編集者としての私見を述べさせていただけるなら、本書は単なるエンターテインメントの枠に収まらない「思考の訓練」のような一冊です。読者は物語の随所に仕掛けられた「たくらみ」を確認するために、二度、三度と読み返さずにはいられなくなるでしょう。2019年11月現在、早川書房から1600円(税別)で発売中の本作は、あなたの世界観を根底から変えてしまう可能性を秘めています。ぜひこの緻密なアンソロジーを手に取ってみてください。
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