日本野球の夜明けは1872年だった!米国で発見された「最古の試合記録」が塗り替える驚きの歴史とロイヤル江戸劇団の軌跡

日本のスポーツ文化において不動の人気を誇る野球ですが、その歴史の1ページを鮮やかに塗り替える衝撃的な事実が明らかになりました。これまで日本における野球の起源は、1872年に米国人教師ホーレス・ウィルソンが学生に伝えたのが始まりとされてきました。しかし、驚くべきことにその同じ年に、すでに日本人がアメリカの地で白球を追いかけ、真剣勝負を繰り広げていたという記録が見つかったのです。

この歴史的な発見は、野球史の研究家であるビル・ステープルズ・ジュニア氏が、2019年6月末に開催された米国野球学会総会で発表したものです。同氏が掘り起こした当時の新聞記事には、明治維新からわずか4年という激動の時代に、日本人の一団が本場アメリカで試合を行っていた様子が克明に記されています。東京・文京区にある野球殿堂博物館も、日本人がプレーした最古の記録として、この資料に熱い視線を送っています。

SNS上では、このニュースに対して「まさか明治初期にアメリカで試合をしていたなんて」「ちょんまげ姿でバットを振っていたのか」といった驚きの声が続出しています。当時の日本人にとって未知のスポーツであったはずの野球を、これほど早い段階で、しかも本場のチームを相手にプレーしていたという事実は、現代に生きる私たちの想像をはるかに超えるロマンを感じさせてくれるのではないでしょうか。

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「ロイヤル江戸劇団」が挑んだナショナル・アソシエーションの強豪

歴史を動かす足跡を残したのは、全米を巡業中だった「ロイヤル江戸劇団」という軽業師の一団でした。彼らは1872年6月7日、ワシントンにおいて地元球団のオリンピックスと対戦したと記録されています。この対戦相手は、現在の大リーグ(MLB)の前身とされるプロリーグ「ナショナル・アソシエーション」に所属していた実力派チームであり、まさに当時のトップレベルに近い存在でした。

ナショナル・アソシエーションとは、1871年から1875年まで存在した世界初のプロ野球リーグであり、現代のメジャーリーグへと繋がる重要な組織です。そんな強豪を相手に、19世紀に発行されていた「ナショナル・リパブリカン紙」の経過報告によれば、日本チームは5イニングを戦って17対18という大接戦を演じたそうです。野球を専門としない曲芸師たちが、これほどの健闘を見せたのは驚異的と言えるでしょう。

今回の発見のきっかけは、演劇研究者の堤春恵氏が岩倉使節団を調査する中で見つけた劇団の足跡でした。劇団は1871年に横浜港を立ち、サンフランシスコから東海岸へとアメリカ大陸を横断しながら公演を続けていたようです。その巡業の合間に、彼らはどこかで野球のルールを習得し、親善試合に臨んだものと推測されます。異国の地で果敢に新しい文化を取り入れる、当時の日本人のバイタリティには敬服いたします。

現存する集合写真には、ちょんまげを結った男性たちの姿も収められており、当時の新聞広告には「ゲンジロウ」といった日本名も確認できます。野球殿堂博物館の関口貴広主任学芸員は、学校教育を通じて広まったとされる日本の野球史において、こうした「草の根」での普及があった可能性に強い関心を示しています。彼らが帰国後に野球を伝えたのか、その後の行方が非常に気になるところですね。

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